2018年1月ベトナム縦断・世界遺産の旅 (2)

小林秀治

1月4日(三日目)

今日は一日、バスで移動しての観光である。

ホイアンは車の乗り入れ禁止の世界遺産

ダナンのドラゴン橋

7時半にホテルを出発。一路、ホイアンへ向かう。フエからホイアンまでは約180kmもある。国道1号線を南下する。左に波立つ海が見える。乾季だが、緑は豊かだ。山を越えてダナンに入る。途中ダナンで国営の民芸品店に寄る。ここで、土産のピーナッツ菓子、ハスの実のチョコを買う。ダナンのドラゴン橋をバスから見る。週末には火を噴くらしい。


ホイアンのシンボル来遠橋

ホイアンに着く。ホイアン旧市街は、古い町並みが残されている世界遺産。車は完全にシャットアウトされている。さすが、世界遺産だけあって、観光客は多い。道の両側 に土産物屋など多数並ぶ。
  最初に、シルク刺繍の工場に案内される。女工たちが写真をもとに一針一針布に刺し、刺繍絵を作っていた。そして、女工たちは昼になるバイクで家に帰っていった。
  日本人が架けたホイアンのシンボル来遠橋、屋根がある橋で日本人橋とも呼ばれている。中には、犬や猿を祭っている祭壇がある。多くの参拝者がきているので線香は絶えない。
  フーンフンの家は、貿易商人の家で約200年前に建てられた。屋根には日本の建築様式が取り入れられている。沈没船の宝物を展示しているのは、海のシルクロード博物館である。伝統的な民家を博物館にしている。


王朝の民族舞踊

中国風建物の集会所、福建省出身の華僑たちの集会所、福建会館見学。12時50分に昼食を取る。麺「ミークワン」などの中部郷土料理を食す。ミークワンは濃厚のスープを少量かけて、麺を和えるようにかき混ぜて食べる。


ミーソン遺跡

ホイアンの旧市街を見たあと、世界遺産ミーソン遺跡に向かう。ホイアンから約60キロの行程。
  かつて栄華を誇ったチャンパ王国の聖地がミーソン遺跡である。周りを山々に囲まれ、木々が生い茂り、神秘的な雰囲気を醸し出している。ベトナム戦争でかなり破壊されたが、一部、レンガで積まれた塔などが残っている。そこでは、当時の民族舞踊が披露されている。
   その後、またホイアンへ引き返す。
  夕食は、「CITRONELLA」という川のそばにあるレストランでうどん・「カオラウ」、「揚げワンタン」、「ホワイトローズ」などのホイアン名物料理を食す。


世界遺産ホイアンは毎日ランタンの明かりが灯る

ホイアンの夜の街並み

夕食後、目の前にあるホイアン旧市街を流れる川で灯篭流しをする。灯篭は、道端で子ども含めた地元の人々が売っていた。色厚紙を四角のふた無しの箱に折り、その中に?燭を載せた簡単なものである。日本と同じようにお願いごとをして川に流す。
  ガイドは、なじみの子どもが売っている物を買う。それぞれが、順番に川に灯篭を流す。何本も灯りを灯して流れていく様は、神々しい。
  ホイアンの夜の街並みは、ランタンの照明の明かりでまばゆい。ここでの夜は、毎日のようにランタンの明かりが灯るそうだ。ランタンは、布で作った提灯のことで、通りの上にたくさん吊り下げられている。


灯篭を流す

毎月満月の夜にランタン祭りが行われ、もっと煌びやかになるそうだ。各家の電気は消され幻想的な雰囲気が出るようだ。
  今日のホテルは、「ムオンタイン・ホイアンホテル」。このホテルは、ベトナム国内最大のホテルグループのものである。着いたのは、20時45分。遅いので、シャワーを浴びて就寝。


1月5日(四日目)

朝、目覚めて、ホテルの窓から外を見ると、雨模様。広大な区画された土地が広がっていた。その一角に牛を飼っている小屋があった。昨日の夜、牛の鳴き声を聞いたのはこれだったのだと思う。
  今日は、ハノイに向けて空路での移動日。出発がいつもより遅めなので、朝食をゆっくりとる。ホテルはどこもバイキング形式で品数は豊富でおいしい。いつも食べすぎてしまう。気になるのは体重。
   9時にホテルを出発。ホテルからダナン空港へ、約22キロで約35分だ。1時40分にダナン空港を発ちハノイへ。ハノイは、冬。天気は、曇り、時々小雨。とはいえ、20度くらいで日本の冬とは違う。空港のレストランで昼食。ここでも米麺、おいしくいただいた。

ハロン湾はハノイの東約220キロ

ハノイ空港からバスに乗り換え、一路、ハロン湾に向かう。ハノイから約220キロもある。
  また、ここで新しい現地ガイドが登場する。日本に行ったことがないというが日本語がうまい。また、日本のこともよく調べている。説明も言葉だけでなくパワーポイントを使って行う。 途中、陶磁器の村、バッチャン村に立ち寄る。何か買おうとするが、見ただけで済ませた。ところが、添乗員があとで交通社からのお土産と称してお茶のカップをくれた。
  17時半、夕食は、ホテルのレストランでつけ麺「ブンチャー」など北部ベトナム料理を食す。19時、ホテル着。外は雨模様。暗いが遠くに海があることがわかる。手前には、店の灯りがともって いて、まだにぎやかだ。
  天候が気になり明日のハロン湾クルーズが心配。台風など海の状況がよほど悪くないと欠航しないそうなので安心して眠りにつく。

1月6日(五日目)

世界遺産ハロン湾に突き出る3000もの奇岩

ハロン湾・海面から突き出る奇岩

7時55分にはホテルを出発した。曇りだが雨はちらついていない。
  世界遺産のハロン湾クルーズ。今回の旅行で一番の期待である。約3時間の船旅。世界遺産になってからホテルがたくさんできたとのこと。まだまだ造っているとのこと。
  ハロン湾には、大小3000もの奇岩が海面から突き出ている、海の桂林とも呼ばれる美しい景観である。昔は、海賊の隠れ場所だったとか。1日かかっても見切れないので船で泊まって見るツアーもあるとか。
  ホテルから15分ほどで桟橋につくが、広い。クルーズ船は500艘もあるそうだ。桟橋はいくつもあり、そこにぎっしり大小のクルーズ船がつないである。
  今回のツアーは30人なので、中型船の貸し切りである。船の大きさは、釣り船を一回り大きくしたようなもので屋根と窓がある。二階のデッキもある。
  8時半に港を出発。風はないが、船が走ると少し肌寒い。船の窓が開くので、そこから写真を撮る。船が進むと遠くに海面から突き出た岩が見えてくる。近くに行くと岩には木々が生えていて、ただのむき出しの岩ではなく風情がある。いろんな形の岩があり、見ていて飽きない。室内から外に出て写真を撮る。今日は曇りで海の桂林といわれるだけあり、水墨画の世界を見ているようだ。気づけば、50艘ほどの船がゆっくり走りながら海に浮かんでいる。


天空の鍾乳洞

鍾乳洞を見るために一つの島に上陸する。下船してすぐに急な階段を上っていく。観光客でいっぱい。西欧人の姿もあるが、韓国人や中国人が多いようだ。
  鍾乳洞の中に入ると天井が高く、広くて色彩豊かな照明がきいていて明るく幻想的。石灰岩が溶けたもので、天空の鍾乳洞と名付けられている。日本の鍾乳洞をイメージすると暗くてジメジメ感があるが、ここでは全くない。石をさわると丸くなっていてつるつるしている。
  自然が長い間作り出したもので、岩肌のかたちがいろいろにみえるようで大きなおっぱいのようなかたちや動物に見えるものもあり、おもしろい。
  鍾乳洞は足を止めなければ20分くらいで見れる。外に出て、下りの階段で船の待つ桟橋に降り立つ。また、船に乗り、本格的に海面から突き出た奇岩の間を船で通っていく。奇岩と奇岩の間が狭くなっているところもあり、その間を何艘もの船が通って行く。


ハロン湾クルーズ船

しばらくいくと開けたところで船が停止。11時半頃か。船内で昼食が出される。蒸しエビ、イカの炒め物、さつま揚げなどが出される。ハロン湾海鮮料理だそうだ。
  昼食が終わると帰りの桟橋に向かって航行。乗った時とは別の桟橋に向かって船が走る。
  下船後、ハノイへ向かって約220キロをバスで走る。


ホーチミンさん

ハノイは、ベトナムの大きな都市の中で最も北にあり首都である。政治、教育の中心地。ホーチミンは、経済の中心とのこと。そして、中部や南部と違い、四季があるそうだ。
  16時にハノイに着き、五つ目の世界遺産タンロン城を見る。旧市街の一画にあるが、街中に残っている。11世紀から19世紀に栄えたベトナム王朝の城が築かれていた場所である。門や楼閣の遺跡が残っている。中では、ベトナムの学生が大勢いいて、卒業の記念写真を撮っていた。ベトナムは、1960年代から1970年代初頭にアメリカとの戦争があり、多くの戦死者を出したので、その当時の若者は今は残っておらず、今は若い者が多い国である。
  ガイドは続けて、ベトナム戦争について語った。「枯葉剤がまかれて子供たちが被害にあった。その被害に今も苦しんでいる人々が多くいて戦争の傷は残っている。
  しかし、ベトナム人は、アメリカを憎んではいない。憎むのは戦争だ。戦争はこれからも起こしてはならない。」


ハノイのホーチミン廟

その後、ベトナムの英雄ホーチミン主席が眠るホーチミン廟を見学。建物の前は、広大な広場となっている。開いているのは午前中のみで、ホーチミンの遺体は見られなかった。
  ホーチミンは、79歳で亡くなったとのこと。その一生をベトナム国民のために働き、独身で贅沢をしなかったとのこと。 17時に建物の前にいる衛兵の交代式があった。この衛兵は立っている間微動だにしてはならないとのこと。どこの国の衛兵もそうらしい。きついお勤めである。
  暗くなってきてから市民の憩いの場であるホアンキエムという小さな湖を散策。観光客も含めて人が多い。湖の橋や島などライトアップされていて華やかである。
  18時10分には、夕食となった。今回のツアーの最後の夕食である。最後は、ベトナム料理ではなくカジュアルフレンチである。テーブルは丸い。メインの料理の肉か魚を選ぶようになっている。私は、南方の魚は癖があったり淡白なので、肉料理を注文。ハノイのビールを飲み、ベトナムでフレンチを味わう。
  夕食後、ハノイ空港に向かう。空港ではチェックインや手荷物検査など無事に通過。空港内は長い通路が一本通っていた。300メートルくらいはあるだろうか。飛行機への搭乗案内まで2時間以上あるので、空港内の店でブラブラする。残っていた1万8000ドン(日本円で90円くらい)を何とか使おうとするが、水(1ドル)も買えない。国内線の空港では、水が1万5000ドンで買えた。あの時買っておけばと悔やまれる。またの機会があるかどうかわからないが、日本にベトナムの紙幣を持ち帰る。

1月7日(六日目)

発着の20分前に搭乗手続きが始まる。今日は六日目。とはいえ、0時を回ったところ。ハノイの国際空港待合室で睡眠をとっている。成田行きは0時40分発である。空路、ベトナム航空直行便にて帰国の途につく。帰りは、偏西風と時差の関係で4時間ほどで着く。日本時間は、真夜中の2時40分。
  0時20分頃、機内への案内が始まる。歩いてそのまま、機内に直行。座席は、真ん中の通路側とその内側。奥さんは、トイレにすぐ行けるとよいので通路側。真夜中なのですぐに睡眠に入る。2時間ほどすると朝食の機内サービスがある。和食と洋食を選べる。和食を注文する。メニューは煮物やサラダなど。ただ、夜中で食欲がないので二人とも残す。
  7時に成田に着く。税関も調べられることなく通過。ちょうどよい時間にバスがあり、南大沢まで直通で行き、無事我が家に着いた。