2019年8月、新潟長岡の花火大会と温泉の旅

小林秀治

8月1日(木)

7時過ぎに南大沢を妻と二人、車で出発。圏央道のあきる野インターから関越道に入る。夏休みにもかかわらず、平日なので順調に流れている。天気は快晴で朝から暑い。今日も34度から35度になる予報。
  途中、関越トンネルの手前にある谷川岳パーキングエリアで休憩。そこから1時間くらいで長岡北インターを降りる。


長岡・天然温泉麻生の湯 いいお湯

長岡郊外の麻生の湯

11時過ぎに長岡市の郊外にある天然温泉麻生の湯に到着。山の入り口にある温泉だ。長岡駅から車で15分くらいのところにある日帰り温泉。
  お客は多くなく、地元の人のようだ。レストランで昼食を取る。私は、冷やし麺、妻は、鶏唐揚げ定食を注文。
  昼食を済ませ、浴場に入る。ここは、ナトリウム・カルシウム塩化物泉だ。40度のぬるい感じのお湯。地下1500mから汲み上げていて、少し黒っぽい。わずかなヌルヌル感がありいいお湯だ。妻もいいお湯と言っていた。内湯と露天と足湯がある。入浴料は800円。おすすめの温泉である。
  ここで、温泉から上がって、昼寝などしてゆっくり過ごす。
  17時前に長岡駅前へ。すでに明日からの花火大会で交通規制に入っていた。今日の宿、長岡グランドホテルは市役所の隣だ。
  チェックインを済ませ、一休みして、素泊まりなので、夕食の買い物に出る。信濃川にかかる大手大橋に近いウオロクというスーパーに行く。このスーパーは、魚屋から新潟県内に展開する大きなスーパーになったとのこと。
  店内は広い。明日からの花火大会の飲み物など、所狭しと並んでいる。食品は東京と比べ安い。弁当や総菜などを買い、ホテルに戻る。18時半になったが、まだ、陽は沈まず、外は暑い。
  部屋は、5階でセミダブル。妻は寝相がよくないので、ちょっと狭い。よかったのは、大浴場が隣だったことだ。
  宿泊代は二人で8600円。駐車代1泊700円とお得である。長岡は、この時期、花火大会があるので、早く予約しないと取れない。


8月2日(金)

6時頃、起床。窓を開けると快晴。今日も暑くなりそうだ。花火大会には良さそうだ。
  7時にパンなどを食べて、妻を長岡駅に送る。今日、妻は、新潟の朱鷺メッセで研修である。日帰り分の交通費が出ているそうだ。長岡から新潟へは、新幹線だと約20分、各駅停車だと1時間20分くらいかかる。
  行きは各駅停車で行き、帰りはまた新幹線で長岡に戻ってくる。


長岡も8月1日にB29の空襲

長岡戦災資料館

妻を送った後、車を市役所の駐車場に入れ、私は長岡駅前を散策。陽にあたると暑い。建物の影などを伝って歩くが汗が出る。9時になったので、長岡戦災資料館を見学。一部屋の小さな資料館だ。長岡は、昭和20年の8月1日にアメリカのB29の空襲を受け、市民が犠牲になった。後、二週間もすれば、終戦になったのにと思う。
  焼夷弾や焼けた時計などが展示されていた。長岡空襲のビデオのなかで、新潟市が広島、長崎とともに、原爆投下予定地だったことを紹介していた。原爆投下予定は他に、小倉であった。グアムからは遠いということで、新潟が外れたようだ。私の両親は、昭和20年には、新潟県の福島県境の山の村にいたので、投下されても影響はなかったと思う。
  長岡の花火大会は、この戦災を期に、行われるようになったとのこと。だから、平和への祈りとして花火が打ち上げられているとのこと。長岡戦災資料館を見たあとは、外が暑いので、涼しいところで休んで、15時頃に長岡駅に戻った。
  戻ってみて、駅が人であふれかえっていた。今日から花火大会があるからである。1日で50万人も来るようである。
  15時55分に長岡駅着の新幹線で新潟から着く予定だ。
  ごったがえした改札口で待っていると、メールが入る。どうも乗り遅れたようで、16時25分着とのこと。予定より30分遅れである。新幹線の到着時間を見ると、16時25分の列車はない。メールで聞いてみると、新幹線でなく、駅員にせかされ、間違って快速電車に乗ったようだ。まあ、別な行き先でなくよかったと思う。
  電車が着くたびに、花火を見にきた多くの人々がゾロゾロと改札口から出てくる。16時半になった。快速電車が着いたので、客が出てくる。しばらくすると、見覚えのある帽子をかぶった妻が出てくる。そのまま、二人で駅西口に出て、大手通りを行かず、脇の道路を信濃川河岸に向かって歩く。他の人たちも歩いていく。
  歩いて25分くらいで、河岸に出る。河岸は、すでに多くの人が場所取りしていた。17時までに会場に入らないと入場規制がかかると聞いたので、急いだ。


フェニックス花火は圧巻

長岡フェニックス花火

私たちは二人だったので、大手大橋の右側の無料席のフリースペースに行くことにしていた。すでにシートでぎっしり埋まっているが、少しのスペースはある。そこを見つけて、シートを敷く。花火開始までまだ2時間ある。日差しもまだあり、暑い。日傘をさして、凌いで待つ。妻は日影で休む。
  フリースペースは草の生えた斜めの土手にある。平らなところもある。目の前には、有料のフェニックス席。有料席は、花火に近い、大手大橋と長生橋との間にある。


長岡フェニックス花火

19時20分に花火打ち上げ開始。女性の司会者の声が河岸に響き渡る。「スターマインの打ち上げ開始でございます」と。
  花火は主に大手大橋の向こうから打ち上がるが、大きな花火は、すぐそこに落ちてくるような迫力がある。
  たまには、目の前の反対岸から打ち上がる。


長岡フェニックス花火

メインは、河岸2キロにわたり一斉に打ち上げられるフェニックス花火である。大手大橋の向こうから、こちらの対岸まで一斉にそれぞれからスターマインのごとく連続で花火が打ち上げられる。これは、圧巻である。初めてこうした花火を見た。
  メインを見たということで、帰りは混むと予想されたので8時半を過ぎた頃、会場を後にした。帰りにつく人々も多くいたが、まだ、会場には多くの人々が残っていた。特に、若いカップル、女性どうしの連れ、家族連れが多かった。中高年の夫婦連れは少ない。歩いて長岡駅近くの市役所の駐車場に向かう。通りは、街灯が少ないので暗い。そして暑い。
  駐車場に着くとすぐに、17号線、8号線と進み、信越道の中之島見附インターから乗る。夜間にしては、車が多いが混んではいない。
  22時過ぎに新潟空港インターを降りる。暗いが実家までスムーズにたどり着いた。22時半過ぎに新潟の実家に着く。
  ここで、宿泊。実家には、母と弟が住んでいる。少し、話をして、2階で二人とも寝る。


8月3日(土)

新潟の砂丘スイカは甘くて美味

8時に実家で朝食。朝早く起きて母がポテトサラダを作っていた。それとベーコン炒め、ナスの漬物。
  10時に新潟砂丘スイカを買いに出かける。海沿いに弥彦の方に向かう。手前の赤塚や内野などは砂地の畑となっていて、夏はスイカやメロンが作られている。新潟の砂丘スイカは糖度が高く有名である。
  8月上旬は、スイカの終わりの季節であるが、まだ、残っている。
  実家から、信濃川の河口の下を通っているみなとトンネルを通って海岸沿いの道路を行く。左に日本海の海、右に、砂防林として植えられた松林を見ながら走る。砂浜に降りると、砂はきめ細かい。夏の暑い時期、砂浜は裸足で歩けない。やけどをするくらいの熱さである。
  スイカ畑がある通りに直売所があるので、そこで、大玉のスイカを買う。昨日取ったというので、1300円。店で買うと3000円位はする。
  そして、この近くのJAの直売所に向かう。直売所で他の野菜も買おうとしたが、夏なので、品物がない。スイカは、10個くらい置いてあった。先の直売所で買ったのよりも一回り小ぶりで1000円。他に、漬物用にナス、これから墓参りに行くので花を買う。
  ここの近くには、道の駅新潟ふるさと村があるので、そこに向かう。20分ほどして、ふるさと村に着く。車でいっぱい、大型バスも停まっている。バスの案内を見ると、長岡花火大会とある。これから、二日目の花火を見に行くツアーのようだ。
  車を降りると暑い。店は、魚、野菜、土産物、飲食店と入っている。野菜店で枝豆、トマト、レタスを買う。2階に飲食店があり、昼食を取る。私は、新潟たれカツ丼、妻は、鮭イクラ丼を頼んだ。
  たれカツは、薄めのヒレカツがたれで味付けされた新潟名物である。それなりにおいしい。鮭イクラ丼は、イクラが少なくいまいちのようであった。値段は、950円なので無理もない。


実家の墓のあるお寺さん

ふるさと村を出て、新潟の市内、繁華街に向かう。新潟の繁華街、とはいっても昔になったかもしれない。古町通りがそうである。デパートなども撤退し、奥の古町通りは、シャッターが閉まっているところもある。
  私の実家の墓は、古町通りの一本海沿いの通り、西堀通りにある真城院という真言宗のお寺である。
  この西堀通りには50年くらい前までは、堀があり、柳が立ち並んでいて風情があったが今は埋められている。そして、今もお寺が並んでいる。別名寺町とも言われる。
  2年ぶりに墓参り西堀通りから細い道を入ると奥に真城院がある。駐車場に車を停め、入り口に近い、実家の墓に花を手向け、水をかけ、手を合わせる。墓の中は、祖父母と64歳で亡くなった父が入っている。
  墓の上は樹木はないので暑いが寺院の方は樹木があるので少しひんやりする。
  15時頃、実家に戻り、休憩する。スイカを冷やす。一つは妻の実家に持っていくので、冷やさずにおいておく。10日間くらいあるので、熟れ過ぎないか心配。家に帰って冷やしておけば持つのではないかと思っている。
  母は、椅子に座っている方が楽であると言ったので、座椅子を買うことにした。夕食の店に行く前に、家具を売っているところに行き、座椅子を買う。
  18時少し前に海鮮料理屋・越後茶屋に行く。まだ空いていたので、すぐに入れる。
  それぞれが天ぷら定食、刺身定食などを頼む。私だけがお酒を飲むので、ビールを頼む。
  弟がタバコを吸いすぎるので、止めた方がよいことや働いた方がよいことなどを話題にした。
  私の弟は、5歳年下でホテルマンを経て、トラック運転手で4年くらい前まで働いていた。ところが、4年前に左肩奥に腫瘍ができて手術をすることになった。幸い、良性の腫瘍ではあったが、肩の骨の奥にあったため、手術を三回も行い、ほぼ取り切った。しかし、神経を傷つけたためか、片腕、手に力が入らず、運転手は続けられず、退職を余儀なくされた。それ以降は、職についていない。障害手帳をもらい、障害年金もわずかだがもらっている。
  ただ、生活は、母の年金で暮らしている。そういうことだから、少しでも働いて、生活の足しにしたほうがよい、それに健康にもよいと言っている。左手に障害があるので、職探しは難しいが、したほうがよいと言っている。年金が満額出ても月10万円位にしかならない。母が亡くなったら、生活できないと言っている。家も税金や修繕費などがかかるので、売って公営住宅に入ったほうがよいこともある。また、妹夫婦が市内にいるので、一緒に住んではどうかとの話も出た。いずれにしても、将来の生活は考えておくべきと言った。
  帰ってきて、昼間に買ってきた小さいほうのスイカを切り、食べる。とても甘く、ちょうどよい食べ頃であった。


8月4日(日)

7時半に実家で朝食。今日は、泊まりで温泉に出かける。
  10時に4人で実家を出発。東の方へ、山に向かっていく。平野部は、米どころ新潟で田んぼが続く。阿賀野川を渡って、白鳥が毎年飛来する瓢湖水きん公園(白鳥の里)に行く。今日も快晴で暑い。
  新潟の夏は、東京よりも暑いかもしれない。平野部は、県境の山々の影響で、フェーン現象で37度以上にもなることがある。


一年中いる飛べないハクチョウ

飛べない白鳥たち

12時前に瓢湖に着く。木陰があって、風も少しあり、涼しさは感じられる。休憩所があり、冷房が効いている。母と弟はそこ入って、アイスコーヒーを飲み、アイスを食べていた。休憩所の近くには、白鳥がいた。母は、なぜ、夏に白鳥がいるのか、不思議に思っていた。木陰で涼んでいると、一人の老人が声をかけてきた。その老人、「私は、この瓢湖のガイドをボランティアでやっている」という。しばらく、瓢湖のこと、白鳥のことの口上を述べてもらった。非常に参考になった。瓢湖には、オオハクチョウ、コハクチョウが飛来するとのこと。今いる白鳥は、羽を痛めて、飛べなくなった白鳥とのこと。そして、一生、ここで過ごすとのこと。暑いので、エネルギーの消耗を防ぐため、じっとしているのだという。飛べないハクチョウは、16羽いるとのこと。


ピンクに咲いた蓮の花に感動

瓢湖の水面に咲く蓮の花

瓢湖の夏は、他にカモなどの水鳥や昆虫、カエルなど多種多様な生き物がいる。そして、水面には、多くのハスがあり、そのピンクの鮮やかな花が咲いている。妻はこのハスにえらく感動していた。
  瓢湖を後にして、まだ、1時前なので、近くの道の駅・阿賀野の里に向かう。弟は、トラック運転手を長年していたので、地理は、よく知っている。
  道の駅では、風通しのよい屋根のあるテーブル席があったので、そこで、家から持ってきた飲み物とスイカとサラダを食べた。途中、アナウンスがあり、焼きトウモロコシが1本200円になったので、買ってみんなで食べた。
  ここの道の駅では、阿賀野川納涼遊覧船が夏の休日に出ている。阿賀野川という川は、福島県から新潟県にかけて流れている、幅が広く水量が多い川である。私は、その支流で渓流釣りをしたこともある。そして、その渓流は奥が深い。


咲花温泉は硫黄泉

母と弟そして妻と私

道の駅から、阿賀野川を渡り、15分くらいで咲花温泉に着く。今日の宿は、望川閣。季節の会席プランで、一人二食で8700円位である。
  この温泉も昔からあるが、さびれている。昔は、美空ひばりも泊まったようだ。今では、5軒くらいしかない。廃墟になっている旅館もある。
  ホテルは、阿賀野川沿いに面したところにある。咲花温泉は、望川閣が入り口にあり、奥は行き止まりとなっている。
  川沿いには、JRの磐越西線が単線で走っている。咲花駅が近くにあり無人である。駅舎は最近建て直されたようで新しい。子どもの頃、新潟の家と私の生まれた津川を何回か往復していて、磐越西線には乗っている。今では、車の影響でお客が随分と減っているようだ。
  温泉は、この地域では珍しい硫黄泉である。一番上の6階に大浴場がある。エレベーターを降りると、硫黄の臭いがただよう。
  今日の宿泊は、団体客が日大の医学部のクラブ、あとは家族連れである。
  4時くらいの早い時間帯の浴場はほとんど客がいない。ゆっくりと入る。
  露天風呂からの阿賀野川の流れ、対岸の道路がよく見える。風が通ると涼しい。
  夕食は早く着いたので、17時半からにしてもらった。部屋食ではなく、何組かまとめての同じ部屋であった。人件費を減らす策のようだ。ただ、宿泊費が高いと部屋食にしてもらうことができるようだ。
  献立は、スズキの焼き物、牛肉すき焼き、鯛・マグロ・イカの刺身、アサリめし、丘ひじきの味噌汁、オクラの汁物など、美味しくいただけた。
  母は、好き嫌いがあり、刺身は食べない。母には、兄弟が5人いると初めて聞いた。とはいえ、昔聞いたような覚えもあるが。今、母も含めて3人が生きているが、2人は、幼い頃病気で亡くなったとのことだ。今の医療があれば、直って生きていると思うと、母は言っていた。

8月5日(月)

朝5時に起き、温泉にさっと入る。そして、陽の高くない時間に散歩する。阿賀野川の脇に立つが、既に陽は登ってまぶしい。咲花温泉は、すでに5軒くらいしかなく、小さな温泉である。月曜の朝で、他の旅館にも多くはないが、客が入っていた。車のナンバーを見ると新潟ナンバーが多い。車だと1時間くらいで来れる近さがよいようだ。
  8時に朝食を食べる。朝食は和食バイキングで、母は好きなものを選んで食べられるとのことで喜んでいた。おかゆが好きなようでお代わりをしていた。卵焼きも美味しいといくつも食べていた。今年で86歳になる。
  朝食を食べると10時前にチェックアウトする。今日は、南大沢の家に帰る日である。
  帰りも高速道を使わず、国道49号線を新潟に向かって走る。車は混んではいない。実家は、新潟空港の近くなので、新潟空港の案内をたよりにいく。
  12時前に実家に着く。荷物を整理して実家を後にする。
  途中、事故渋滞などあったが、車が動いていたので、18時に南大沢の自宅に着く。少し疲れたかな。