憲法・平和と地方自治の課題
小澤隆一(静岡大学教授・憲法学)

はじめに
 先頃の国会で成立した国民保護法などの有事法制は、憲法9条を否定して米日の「戦争国家」体制を完成させるものです。

1、一貫している「武力攻撃事態」以外ないし以前での発動
 昨年成立した武力攻撃事態法は、「武力攻撃予測事態」という概念によって、日本が攻撃されていない段階でも、米軍に対する自衛隊の支援、および米軍と自衛隊に対する国の行政機関、地方公共団体、指定公共機関などの協力動員(物品・施設または役務の提供その他の措置)が開始される枠組みを定めています。今国会で成立した国民保護法、米軍支援法や特定公共施設等利用法は、この枠組みに基づき、「予測事態」段階でも発動されることを予定しています。このように、日本が攻撃されてもいない段階での米軍の活動、それに協力する自衛隊の活動を国を挙げて支援する仕組みの構築がめざされている以上、「国民の保護」とは名ばかりのものです。

2、アメリカの先制攻撃への支援も排除されず
 それだけではありません。今回の法律などには、米軍と自衛隊の活動について、防衛的な軍事行動だけではなく、先制攻撃に相当する軍事行動をも含みうるような文言がさりげなく盛り込まれています。米軍支援法は、「行動関連措置」によって米軍を支援するものですが、支援の対象となる米軍の行動には、「武力攻撃が発生した事態以外の武力攻撃事態等にあっては、日米安保条約に従って武力攻撃を排除するために必要な準備のための・・・行動」も含むとしています。(2条5号)。この「準備」は、周辺事態に対処するためのものと重複する可能性があります。
 また、ACSA(物品役務相互提供協定)の改定では、それによって日米が相互に後方支援、物品・役務の提供をする場合を、「武力攻撃事態」「予測事態」に広げてましたが、さらに、「国際の平和および安全に寄与するための国際社会の努力の促進、大規模災害への対処その他の目的」のために自衛隊と米軍が行う活動の場合までにも拡大しました。この「国際の平和および安全に寄与するための国際社会の努力の促進」という抽象的な規定は、現在のイラクでの占領活動にも適用しうるようなあいまいな表現です。「相互」とはいいながら、この間の日米の軍事作戦の基本は「アメリカが矛、日本が盾」の関係ですから、米軍の先制攻撃を含む軍事作戦に日本が後方支援、物品・役務の提供をするのが「常態」となるのは、明らかです。

3、包括的かつ周到な兵站支援の仕組み
 米軍支援法によれば、日本は、米軍の「行動が円滑かつ効果的に実施されるための措置」だけではなく、「その他の米軍の行動に伴い我が国が実施する措置」も行うとされています。(1条)。支援に遺漏のなきようにと言わんばかりの「ていねい」な規定です。同法案に基づく自衛隊の米軍への支援措置には、地理的限界を定める規定はありません。「予測事態」という認定さえ下りれば、自衛隊はどこまでも米軍を支援できる仕組みです。また、自衛隊が提供する役務は、武器の提供を除く補給(弾薬の提供はできる!)、輸送、修理もしくは整備、医療、通信、空港もしくは港湾に関する業務、基地に関する業務、宿泊、保管、施設の利用に関する業務、これらの業務にそれぞれ附帯する業務というように、きわめて広範囲なものです。(10条4項)。そして、そうした地理的に無限定で広範な支援活動に際して「武器の使用」が認められているのです(12条)。
 特定公共施設等利用法は、自衛隊と米軍の活動に対して、「港湾施設、飛行場施設、道路、海域、空域および電波」の優先的な利用を認めるものです。しかも、その認め方たるや、法的には乱暴きわまりない手法を取っています。港湾法、航空法などの「適用除外」を定める方式ではなく、それらの法律の規定には手をつけないまま、(対策本部長としての)内閣総理大臣が、「利用指針」を定め(6条など)、管理者に対して「利用の要請」を行い(7条など)、管理者がこれにしたがわない場合には「指示」を出し、それにもしたがわない場合には、国土交通大臣を指揮して管理者の処分・許可などの変更・取消、船舶・航空機の移動の命令を行うことができる(9条など)としているのです。自治体の自律性は、完全に否定されているといえるでしょう。

4、平時から「軍事モード」を醸成
 国民保護法における「国民の保護のための措置」には、住民の避難、避難住民等の救援、武力攻撃災害への対処など、「武力攻撃事態」の発生を主に想定しているものが多く含まれていますが、それだけではありません。攻撃事態発生以前に、日本全国を「軍事モード一色」にする次の様な仕組みが埋め込まれています。
 第1に、政府と地方公共団体あげての「基本指針」・「計画」づくりです。政府は、「武力攻撃事態等に備えて」、国民の保護に関する「基本指針」を定め(32条)、指定行政機関の長、都道府県知事は、基本指針に基づき、国民の保護に関する「計画」を作成します。なお、この作成にあたっては、内閣総理大臣と協議しなければなりません(33/)34条)。さらに、市町村長も、都道府県の国民保護「計画」に基づき、その「計画」を作成することとされています。(35条、作成には都道府県知事との協議が必要)。指定公共機関も、「基本指針」に基づき「業務計画」を作らねばなりません。この「業務計画」について、内閣総理大臣や都道府県知事は、「必要な助言」をすることができます(36条)。
 第2に都道府県と市町村には、「国民保護協会」が設置され、首長の諮問に応じて国民の保護のための措置に関する重要事項を審議しますが、そこには、自衛隊員が委員として参加します。その主導のもとに「計画」が策定されるのは、想像に難くないでしょう(37条以下)。
 第3に、国民の保護のための措置についての「訓練」(42条)、政府による「国民に対する啓発」(43条)のよって、自治体総ぐるみの軍事動員への即応態勢づくりと、それにむけての政府の大々的なキャンペーンが行われることになります。
 第4に、生活関連物資等の価格の安定、旅客および貨物の運送を確保するため必要な措置、通信の優先的な取り扱いは、規定の上では、「予測事態」の段階でも実施できることになっています(129/135条)。
 これらの規定がフル稼働すれば、平時から軍事体制の構築がなされることになるでしょう。

5、憲法9条は21世紀の宝
 このように昨年と今年にかけて、大変な法律が制定されました。しかし、私は、9条を守ることこそが、日本とアジアの、ひいては国際社会の平和を、この21世紀においてもたらすものだと考えます。その理由は、次の通りです。
 第1に、「先制攻撃」戦略を掲げるアメリカとの同盟を強化してミサイル防衛構想の道に日本がはまりこんでいくことは、アジアにおける平和の構築を阻害するものです。日本は、9条を堅持し、その完全な実現をめざしてこそ、アジアにおける平和の創造に貢献できるのです。
 第2に、アメリカのイラク攻撃の背景には、中東の石油に対する利害があります。しかし、産油国を軍事力を使って威嚇したり、軍事援助によってその非民主的な支配を助けたりすることは、平和で平等な国際社会づくりにはマイナスになると思います。平和のためには、平等で公正な国際経済のあり方の探求が必要です。9条は、そのための旗印になるはずです。
 第3に、圧倒的な軍事力をほこる世界最大の経済大国アメリカと、第2位の経済大国である日本がスクラムを組む同盟関係は、他国にとって脅威にならないはずがありません。アメリカは、イラク攻撃にも見られるように、この間、一方的な軍事力行使の方向を強めています。現在日本で進められている有事法制は、そうしたアメリカの軍事行動に対して全面的な支援を行おうとするものです。こうして日米の「戦争国家」体制が完成することは、全世界にとって脅威となります。日本は、むしろ、そうしたアメリカの動きを止める側に回るべきです。それだけの力を、日本は潜在的にもっているはずです。
 民主的な地方自治体づくりの運動が、有事法制の発動を許さない運動の一翼を担い、日本を平和と人権・福祉を守る国に変えていくことの先頭に立つことが、今こそ求められているときはないといえるでしょう。