全国初と注目された幼保一元化施設 千代田区「いずみこども園」の今 住民と自治編集部 磯辺資子 |
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東京都千代田区は、〇二年四月に、「千代田区型幼保一元化施設 いずみこども園」を創設し、幼保一元化施設のモデルケースとして、全国から視察が訪れ注目を浴びました。 この計画が出されたのは、二〇〇一年八月ですが、その前年には、東京自治問題研究所と千代田区職員労働組合がプロジェクトを組み、「千代田区の幼稚園と保育園の連携問題について」(以下、「検討報告書」)をまとめました。全国的に幼保一体的施設や「特区」を活用した「幼保の連携」が進められ、国の審議会では、幼保の「総合施設」が論議されています。そこで、東京自治問題研究所と千代田区職員労働組合の協力を得て、「いずみこども園」のその後を取材し、検証してみました。 東京都心の七つの多目的複合施設 千代田区の「いずみこども園」は、東京都心の秋葉原駅から歩いて七分の繁華街(神田東部地域)、八階建ての複合施設ビルの中にありました。 二〇年ほど前、神田東部地域には、保育園の設置要望が強く、新たな保育園の建設場所が見つからないため、苦肉の策として、当初、小学校・幼稚園・保育園・温水プール・図書館・児童館的機能などの施設が入る八階だての複合施設「ちよだパークサイドプラザ」をオープンしたものです。 しかし、同じ建物内に幼稚園と保育園の双方に必要な面積を確保するには、敷地面積が十分でないため、〇歳から二歳児の保育園と三歳から就学前までの幼児のうち長時間保育を必要とする幼児を幼稚園で対応(特別課程の導入)するという「幼保合体の年齢区分方式」(いずみ方式)を導入しました。 その後、「いずみこども園」ができるまで、何とか保育園と幼稚園が別々に、双方の職員や保護者の努力で運営の改善を図ってきていました。 一九九〇年代後半になって、千代田区でも「幼稚園と保育園の連携問題」が検討されました。そのなかで、「幼保合体の年齢区分方式」(いずみ方式)の改善を行う方向として「(仮称)幼児園」の創設の検討や「幼稚園と保育園の連携の必要性について」、学識経験者や職員、区民の間で検討されていました。 従って、「幼保合体の年齢区分方式」での運営と幼保の連携についての検討の積み重ねの中から、「いずみこども園」ができてきた背景があります。こうした背景がなければ、提案してから半年という短期間での開設は無理だったといえます。 保育要件の緩和を区独自で 石川区政は、全国的な「新自由主義的行政改革・NPM行革」の流れに沿った「行財政構造改革」を強力に進めています。「いずみこども園」について、当初、区は「親の就労などで『保育に欠ける』という保育所入所条件を撤廃し、将来は保育士と幼稚園教育を統一した職種を新設するなど一元化に取り組む内容でした。 しかし、東京都の子育て推進課が「保育に欠ける」との条件を撤廃した園に認可は出せないとの見解から、入所条件の緩和を断念し、幼保別々の認可をとりました。このことが今、園の運営を困難にしているとも言えます。 「いずみこども園」の特徴として、区は、幼保一元化の理念を貫徹させるために「千代田区立こども園条例」(〇一年一二月)を制定、「保育に欠ける」という保育園の入園要件を拡大すること、保護者が保育時間のパターンを選択できること、一貫した乳幼児育成方針、管理運営体制の一元化をあげています。 しかし、職員との十分な論議がないまま開設したため、幼保の連携がうまくいかず、実態上は「幼保二元化」になっていると指摘されています。 「保育に欠ける」要件の緩和については、地域の子どもが年齢や保護者の就労形態で区別されることなく、同じ内容の育成課程を受けられるようにしました。これは、「千代田区保育の実施に関する条例」の第二条(保育の実施)の(7)の「その他前各号に類する状態にあると区長が認めること。」として、「保護者が子育てに不安があるなど保育が必要な場合」を入園申し込みに明記しています。具体的には、育児放棄やマタニティーブルー、夫婦関係の不和などの理由でも預かっています。しかし、補助金が認められないため、区の持ち出し負担となっています。また、従来から、就職活動をしている方でも暫定的に二ヶ月間受け入れています。 子育て特区(幼保一元施設設置)を提案 区は、これまで三回にわたり、子育て特区(幼保一元施設設置)の提案をしてきました。その内容は、「保育所」入所にあたっての「保育に欠ける」要件の緩和、幼稚園と保育所の機能を統合した第三の制度(幼保一元化施設)の創設、「幼稚園指導要領」と「保育所保育指針」の統合、「幼稚園教諭」と「保育士」の資格の一元化、幼稚園教諭・保育士配置基準の統一、「幼稚園」と「保育園」の施設基準の統一、三位一体改革を視野に入れた幼保一元化施設における「保育に欠ける」児童への保育所並みの補助です。 この提案に対して、構造改革特区推進室は、「保育所入所要件を満たさない保育所への受け入れは一時保育、特定保育ほか、地域の実情に応じた取り組みがすでに可能となっている」、「入所条件を満たさない児童に対して公費を投入することは、従来型の補助制度の創造・拡充を求めるもの」、「『経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003』において平成一八年度までに検討することとされている『総合施設』については、子どものしあわせとともに、利用者と地域のニーズを考え、保育所と幼稚園の共用施設や「構造改革特区」の第二次提案で容認した保育所の保育室における合同保育の実施を評価しながら文部科学省などの関係省庁ともよく相談しつつ、検討を行う。」と回答しています。 結局、経済財政運営と構造改革の観点からの幼保の「総合施設」を検討しているということで、子どもたちの豊かな発達を第一に考えるのでなく、財政効率の観点からの検討に大きな危惧を抱かざるをえません。 たいへんな事例検討・指導計画・園務分掌などの書類作成づくり 保護者は、朝七時三〇分から夜七時三〇分までの五つのパターンを選択できるため、その運営は大変のようです。 特に、保育士は、一三名の正規職員と非常勤の六名体制です。長時間保育は、正規でなく非常勤で支える体制となっています。また、園長が、幼稚園教諭ということもあって、東京都の教育委員会からの指導も強く、〇歳〜二歳児を担当している保育士も事例検討・指導計画・園務分掌などの書類作成も多く、研究発表の際には、徹夜で準備するなど、たいへんな負担になっているようで、その分こどもに接する面や保育に影響が心配されています。 幼稚園教諭と保育士という二つの職種での園運営の難しさ 「いずみこども園」では、幼稚園教諭と保育士(幼稚園教諭の免許所持者を配置)という二つの職種で運営されています。しかし、同一の仕事をしていながら、賃金面での大きな格差や任用(採用)、職種の違いからの困難や不満の声があがっています。 こうしたことは、当初から予測されていましたので、職員組合側は、開設に要する期間があまりにも短いことから、少なくとも一年間の試行や格差是正などを要求しました。しかし、「早く開設をせよ」とのトップの意向があり実現しませんでした。 当初は、幼稚園教諭と保育士との連携がうまくとれませんでしたが、最近になってようやく職員の努力によって連携が十分ではないが取れるようになってきているようです。しかし、乳児と幼児の合同の全職員会議(他の保育園では実施)は、幼稚園教諭と保育士の勤務形態のすれ違いや超過勤務手当制度の有無などの理由で行われず、幼稚園と保育園の連携及び乳児と幼児の一貫した保育をめざす運営が難しいようです。 保護者にも戸惑いがあった 複合施設建設当時の住民アンケートや保育士の意見では、「複合施設のデメリットへの危惧と学校、幼稚園が中心の計画になっていると感じている」、「ほとんどの人が十分時間をかけて、いい施設を作ってほしいと要望している」という結果がでていました。特に、保育園側から、「一貫した乳幼児の保育が保育園でできない」「保育スペースが不十分」「幼保一元化での運営は困難」などと「いずみ方式」の導入には強い反対がありました。「いずみこども園」は、「いずみ方式」の問題点を改善するとして若干の施設改善を行いましたが、基本的には、複合施設のデメリットを引きずったまま、運営されています。 「いずみこども園」が提案された当初は、保護者や職員から「どうしてニ〇〇ニ年四月実施なのか」「なぜ、和泉幼稚園といずみ保育園でやるのか」「どうしてそんなに急いでいるのか」「うちの子は実験台?」などの強い疑問や戸惑いが出されました。今、こうした問題を抱えながらも職員の努力で運営されています。 狭く複雑なスペース 実際に、七つもの多目的複合施設は、やはり、かなりの無理があるようです。その中で「いずみこども園」は、玄関を入った先の一階に三歳〜五歳児(このすぐ上は小学校施設)、二歳児は全く別の階段から入ったところにあり、その二階には、〇歳〜一歳児の保育室の配置というように、施設ができてからの後追いの計画となっているために非常に複雑になっています。 そして、複合施設のために独自の園庭がありません。そのために小学校の生徒が使う時は、遊びをやめて譲らなければならないことや乳児のスペースが狭くなっている問題があります。 また、乳児と幼児の職員の更衣室も別々のために職員同士の交流が図りにくくなっているようです。施設の構造にも制約され、職員や園児の交流が少なくなり、特に異年齢の交流がすすんでいない状況もあります。 第三者評価の結果から 千代田区のホームページで「平成14年度 福祉サービス第三者評価の試行結果」が発表され、「いずみこども園」の結果も発表されています。評価機関は(株)東京リーガルマインドで「園長の強いリーダーシップのもと幼稚園教育のメリットが保育内容に取り入れられている」、「今後は職員個別の能力開発、目標を設定し、実績と比較するようなシステムの構築が望まれる」、「給食室が地下にあり、いっしょに食べることが困難ということもあるが、何とか工夫することが望まれる。次年度から給食が民間委託となるとのことであるが、この点の改善も望まれる。」と一応評価しています。 利用者のアンケート調査結果では三四%の回答率で保育サービスそのもの(幼稚園教育が受けられて、給食もあり、長時間保育もあることが保護者に受け入れられている)に対しては満足されている保護者がほとんどという結果を出しています。 このことは、職員のたいへんな努力があってのことと思いますが、給食の民間委託は質を確保するという点で疑問が残ります。 また、園長の強いリーダーシップが大きく評価されていますが、職員にとっては、保育園分野と幼稚園教育分野の相違、幼稚園教諭と保育士の格差などが解消されていないという問題が残されていることから大きな負担となっていることも事実です。確かに第三者評価は、職員・利用者を調査対象としていますが、子どもたちの教育・保育の専門的な観点からの評価が大きく抜けていると思います。 おわりに 今後、千代田区は、JR飯田橋駅近くにある飯田橋保育園を廃止し、靖国神社の北に位置する富士見小学校・幼稚園と複合化させる計画もあり、複合化施設のデメリットの検討や職員や保護者との十分な議論を行い、子どもたちにとって最良の環境となるよう望みたいと思います。 幼稚園教育が文部科学省、保育園が厚生労働省という管轄の違いが、現場では、補助金や職員の資格、カリキュラムの問題などすぐには解決できないものが多く、現場の職員のたいへんな努力によって支えられているということがよくわかりました。 今回調査した限りでは、幼保の相違や問題点を残したままでの拡大は「職員の大きな負担に頼る」こととなり進めるべきでないというのが実感です。 今、幼保の「総合施設」が検討されていますが、財政効率の観点からのみ論議が行われ、現場の実態を踏まえることなく導入されれば、たいへんな混乱が予想され、今後の議論の行方に注目したい。 【参考資料】
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