『市場化テスト』とはなにか
−コスト優先の基準で、公共サービスを「市場」に委ねてよいのか?−
久保木匡介(早稲田大学大学院博士課程)氏に聞く
規制改革・民間開放推進会議が「民間開放」手法の重要な提案
 2004年8月、政府の規制改革・民間開放推進会議が発表した『中間とりまとめ―官製市場の民間開放による「民主導の経済社会の実現」―』で提案された柱の一つが、「市場化テスト」による「官民競争入札」の実現です。一言でいえば、「市場化テスト」とは、従来行政機関の仕事とされてきた業務に民間との入札を導入し、競争原理の中でより効率的なサービスを提供できるようにする仕組みです。そして従来の規制緩和・民間開放の手法に比して重要なのは、この市場化テストが「全ての官業を対象として」行われるものとされていることです。

日本における「市場化テスト」導入の経過
 「市場化テスト」が政府の方針として本格的に検討される契機となったのは、「規制改革・民間開放推進3か年計画」(2004年3月19日)です。同計画が発表される以前にも「市場化テスト」の導入は政府内部で様々な形で言及されてきましたが、同計画では公共サービスの民間委託やアウトソーシングの推進と並んで、「公共サービス等の民間開放促進のための「手段」としての「市場化テスト」の実施」を掲げたのです。
 これを受けて、同年6月4日に発表された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2004」は、「規制改革・民間開放の積極的推進」において、「官でなければできない業務の範囲を明確にするための「市場化テスト」や、民間開放に関する数値目標の設定など、民間開放推進のための制度を早期に導入するため、平成16年度中に制度設計を行うとともに、平成17年度の試行的導入に向けて検討を進める」ことを明らかにし、「市場化テスト」は調査・検討の段階から導入の段階へと一気に加速することとなりました。
 このようにして確立された政府の「市場化テスト」導入方針の具体化に取り組んでいるのが、規制改革・民間開放推進会議です。同会議は、総合規制改革会議のあとを受けて政府の規制改革を推進するための審議を行うため、2004年初頭に設置された民間人主体の諮問機関です。さらに首相のもとには同会議の答申を速やかに実現するための「規制改革・民間開放推進本部」が設置され、「本部と会議が、車の両輪となって規制改革を強力かつ着実に推進する」としています。

「市場化テスト」のねらい
 「市場化テスト」のねらいは、「官と民を対等な立場で競争させ、「民でできることは民へ」を具体化させる」ことです。しかもここでは、民間企業が社内生産と外注生産とのコストベネフィットを考慮して生産活動を行っていることを引き合いに出し、公共サービス全体を「企業化」すべし、という意図もうかがえます。
 そして、「市場化テスト」はこれまでの規制改革・民間開放の諸手段の延長線上にあるのではなく、明らかにこれまでの諸手段を質と規模において乗り越えることが期待されているといえます。
 つまり、「市場化テスト」は個別サービスの民間開放を追及するだけではなく、様々な規制の枠の中で「官業」にとどまっている公共サービスの民間開放を横断的に実現し、「官から民へ」の流れを一気に加速させる意図が込められているのです。詳しくは、進藤兵・久保木匡介著『地方自治構造改革とニュー・パブリック・マネジメント』(東京自治問題研究所、2004年)を参照してください。 
 より具体的には、民間開放に関する既存の制度、PFI、指定管理者制度、構造改革特区などが有する限界についての認識があります。つまり、PFIの場合、国や地方公共団体を「管理者」と位置づけた「公物管理法」に基づく道路、河川、空港、港湾、都市公園、下水道等については、PFI法にもとづく選定事業者でも公共施設等の管理運営のうち行うことができない事務があること。指定管理者制度の場合、地方公共団体の施設に限定されており、国等の施設は対象外となっていることや、公物管理法との法的整理が行われていないため、全ての地方公共団体の施設について管理・運営を行うことができるわけではないこと。構造改革特区制度の場合、地域における特例制度に止まっており、認定申請は地方公共団体のみで、民間が直接行うことができないこと。これらの限界が列挙されています。このような個別手法の限界を突破してドラスティックな規制緩和・民間開放を行うことが推進会議の要望なのであり、そのために「市場化テスト」を省庁横断的に・網羅的に実施し、官から民への事業移管を徹底していこうとしているのです。

「市場化テスト」の基本枠組みについて
@委託先競争型と譲渡先競争型
 「中間とりまとめ」においては、「市場化テスト」が二つの類型で提起されています。一つは、ある「官業」の委託を受ける候補先として、官と民の間で競争入札を行うものであり、委託先競争型と言われるものです(この中で、さらに経営全般の管理委託を行う場合と、部分的な業務委託の場合とに分かれる)。もう一つは、ある「官業」について、当該事業の担い手であった行政と譲渡候補先としての民間事業者との間で競争入札を行うものであり、譲渡先競争型と言われます。民が落札すれば、当然、当該事務事業は民営化あるいは民間譲渡などの措置がとられることになります。

Aすべての行政サービスが対象に
 「市場化テスト」の対象は全ての「官業」です。そもそもこの「中間とりまとめ」は、「民間でできるものは官で行わない」「公務員が事務・事業の実施を担うことの妥当性については、官がその立証責任を担う」などの基本姿勢に見られるように、全ての「官業」の行政サービスとしての存在意義を疑い、それらを市場の競争原理にさらそうとする強い意志によって貫かれているのです。「市場化テスト」の対象事業は民間、地方公共団体からの提案を幅広く受け付け、内閣が決定するものとされています。

B中央政府の先行実施から地方自治体への導入というシナリオ
 「市場化テスト」は、まず国の事業について「先行実施」するものとされています。「先行」という言い方からも分かるように、これは地方自治体への導入を視野に入れたものです。「市場化テスト」のねらいは指定管理者制度やPFIなど、地方自治体の担う公共サービスのさらなる民間開放を促すことにあるのです。「国は地方公共団体が自発的に市場化テストを導入するための環境整備」を行うとされており、中央政府で行われる「市場化テスト」の実施までのプロセスでは、地方自治体における民間開放のための法的整備などが同時に進行し、「市場化テスト」の自治体版を誘発するという事態も想定されます。

C競争はコストをめぐって行われる―法的な枠組みの構築
 「市場化テスト」は、当初から「価格と質の面でより優れた方が落札する」(規制改革・民間開放推進三カ年計画)とされていましたが、それが競争入札である以上、必然的にコストをめぐる競争になります。「中間とりまとめ」では、特に「官業」を正確なコスト情報のもとに競争にさらすことに重点が置かれています。すなわち、「市場化テスト」の法的枠組みの課題として、「官業のコスト等の包括的な情報開示」や「競争条件均一化等の確保のための監視機能の整備」などが挙げられています。ここでは、行政サービスに関わる様々な諸経費が「官業のムダ」として列挙され民間と比較されることになるでしょう。質に関わる明確な評価基準が何も示されていないのも特徴的です。

D公務員を襲う処遇問題―配置転換かリストラか
 「市場化テスト」が公務労働者に対して及ぼす最大の影響は、競争の結果としての民営化や民間譲渡にともない、従来の職場が失われる危険性です。「中間とりまとめ」では、民間が落札した場合の公務員の処遇について、「各府省横断的な配置転換」のほか、「民間の希望等も勘案した民間への移転を図る」としています。後者は「市場化テスト」を契機に、公務労働者の地位を強制的に奪い、公務の職場からリストラするものに他なりません。また、仮に民間に落札されなかった場合でも、公務の職場で現在進行している非正規職員のリストラをはじめとする労働問題がさらに加速する恐れが大きいといえます。
 「中間とりまとめ」から想定される市場化テストの実施プロセスは図のとおりです。


 すでに対象事業の決定に向けて、本年10月12日には推進会議から2005年度に行われる「市場化テスト」のモデル事業について、民間提案の募集が開始されています。ここでは民間事業者に向けて、「市場化テスト」の対象となるべき「官業」を提案させるだけでなく、「市場化テスト」の実施に当たり、民間事業者から見て障害となりうる法規制や官民競争の不均衡に対する是正要求などを幅広く受けつけるものとなっています。そしてこの提案募集を契機に、現在行政が担っている公共サービスに対して、民間事業者の「新たなビジネスチャンスを拡大することが可能となる」ことを、「市場化テスト」のメリットとして「売り出して」います。

イギリスから見る「市場化テスト」の問題点
 ここでは「市場化テスト」の直接のモデルの一つと見られる、イギリスにおける強制競争入札(Compulsory Competitive Tendering=CCT)と市場化テスト(Market Testing)という二つの官民競争入札について、簡単に紹介しておきます。

中央政府による地方支出抑制攻撃の中で導入された強制競争入札(CCT)
 イギリスにおける官民競争入札は、「1980年地方自治体の土地と法律に関する法律」によって、地方自治体の業務のいくつかについて強制競争入札(以下CCT)が導入されました。このCCT導入の直接の背景となるのは、サッチャー政権による公共支出抑制、特に地方自治体による歳出への徹底した抑制政策でした。周知のとおり、イギリス福祉国家を支えてきた「大きな政府」を敵視するサッチャー政権の基本方針は、マネタリズムにもとづく徹底した公共支出削減と財政赤字の解消でした。ここでは公共支出膨張の元凶として官僚、労働組合とともに多くが労働党の支配下にあった地方自治体が槍玉に挙げられたのです。すなわち、数万人規模で行われた国家公務員の削減、国有企業の民営化、公営住宅の売却と並んで、地方支出の徹底抑制が政権の強い意志のもとに行われたのです。「1980年法」はその意志を具現化したものでした。
 「1980年法」は、中央政府による自治体財政支出の直接的コントロールを行うべく、中央の定めた支出目標を超えた自治体への補助金を削減する内容をその柱としていました。CCT導入もまた、このような中央政府による地方支出抑制策の一環として行われたのです。
イギリスの問題状況については、ここでは省略しますが、詳しくは別稿を参照してください。

中央政府のNPM推進手段としての市場化テスト
 1991年、メージャー首相は就任後に白書「市民憲章Citizen’s Charter」を発表し、国民を行政サービスの顧客(消費者)と位置づけ、行政サービスの質、効率性向上のための四つのテーマ、9つのメカニズム、公共サービスの7つの原則を示しました。特に具体的な手法を提起したメカニズムでは、民営化の拡充、競争原理の導入と拡充、民間委託の拡充、費用と施策の関係強化など、いわゆるNPM型の改革手法が列挙されています。このNPMエッセンスを凝縮した市民憲章のもとで、中央政府におけるエージェンシー(独立行政法人)化の推進、市場化テストの導入とそれにともなう民営化が行われたのです。
 そして同じく91年、メージャー政権は市民憲章で明確化された「競争原理の導入」をエージェンシーの運営に適用するため、『質の向上のための競争』白書を発表し、中央省庁への市場化テスト(Market Testing)の導入を行いました。これは80年代に地方自治体に対して導入された強制競争入札を中央省庁に適用したものです。そのプロセスは、事前選択(prior option)と市場化テストの二つからなっています。 
 @事前選択:まず、行政事務全般にわたってその業務が必要かどうかを判断します。存続が必要と判断された場合、次のことが検討されます。a.民営化できないかどうか、b.外部委託できないかどうか、c.エージェンシー化できないかどうか。
 A市場化テスト:さらに、民営化になじみにくい業務(庁舎管理、コンピューター維持管理など)についても、従来業務を担当してきた部局と民間会社とを入札で競わせて、効率的=低コストで業務を行えることを示した方に業務を請け負わせることとしました。この市場化テストでは、公務員が勝った時のみその業務を引き続き行えるが、民間企業が勝った場合は公務員がそのまま民間企業に移る場合もありました。

イギリスから見る官民競争入札の問題点
イギリスでは1997年に保守党から労働党への政権交代が行なわれ、「市場化テスト」や「強制競争入札」といった官民競争入札がもたらす弊害が指摘されるようになりました。その結果、1999年地方自治法によってCCTは廃止され、ベスト・バリューという行政評価システムの中で、公共サービスの見直しが行なわれることとなりました。ベスト・バリュー自体はCCTを評価する立場に立ち、官民競争や民営化を含む公共サービスの見直しをその手法として含むものですが、少なくともいくつかの点で官民競争入札の問題点を乗り越えようとするものでした。
 @官民競争入札では質よりもコスト重視の競争になります。この点は労働党政権がCCTからベスト・バリューへ移行する際に最も強調した点でした。ここには、官民入札によって行われたコスト削減競争によって、官民いずれにおいてもサービスの質が軽視され、住民にとって意味のあるサービス改善が進まなかった、という認識があります。しかし、規制改革・民間開放推進会議「中間とりまとめ」ではこの点が曖昧にされ、保守党のCCTと労働党のベスト・バリューはその連続性においてのみ捉えられているのです。
 A官民競争入札によって公共サービスに関わる組織や職員はコストや業績に強力に縛られるようになります。イギリスのCCTでは、業務の落札に成功した自治体でも、現業組織DLO/DSOを独立させ、その「経営」能力を高めるために民間部門から幹部を登用したりアドバイザーを招いたりしたほか、部局の再編統合や労働条件の低下などによる「効率化」を行ってコスト削減を断行したところが多いのです。これに対しては、コスト削減の成果が強調される反面、それを重視するあまり自治体のサービスがかえって硬直化し、多様なニーズへの対応が難しくなったという批判が強まりました。また、中央政府の「市場化テスト」が行政組織内部に与えた影響では、「業務運営がコスト削減に偏重し柔軟性がなくなった」「サービス運営が官僚主義的になった」「エージェンシーの運営の自立性が政府中央の定めた方式によって奪われた」などの批判が組織内からも生じました。
 B官民競争入札は公共サービスに関わる労働者の労働条件の後退や雇用破壊に直結します。先述のとおり「市場化テスト」にかけられた部門は、官民どちらが落札するにせよ、コスト削減のための様々なリストラを余儀なくされます。さらに民間が落札し、従来その部門で働いていた公務員が「民間に移転」することになった場合、問題はより複雑かつ深刻になるでしょう。イギリスでは、CCTの制度下で業務が民間企業に落札されるとき、それまで保証されていた雇用条件や、年金等の公的な身分保障等が無視されたり、継続して引き継がれなかったりするケースが生じ、訴訟問題にまで発展しました。ヨーロッパには、業務が現状のまま移譲された場合、労働者の賃金や労働時間、年金といった雇用条件も新雇用主が引き継がなければならないというきまり=TUPE(Transfer of Undertakings for Protection of Employment、81年にECによって指令された)がありますが、CCTによる民営化の過程でこれが遵守されるべきかどうかが争点となったのです。
 C以上のような問題を抱える「市場化テスト」が地方自治体に強制された場合、画一的なコスト削減競争を呼び、地方の自立的なサービス革新を阻害する可能性が高いといえます。イギリスの場合、CCTが中央政府による地方自治体への歳出抑制と統制強化の中で行われたこともあり、多くの自治体はCCTの導入に反対でした。日本において、「市場化テスト」が地方自治体へも導入されるなら、それは指定管理者制度のように中央の政策によって自治体の公共サービスが半ば強制的に民営化の方向へ誘導されることになりかねません。

「市場化テスト」で問われる公共性の内実−公務労働者の課題
 規制改革・民間開放進会議「中間とりまとめ」は、これまで行政組織によって担われてきたサービスを全て、利権や権威主義を想起させる「官業」という言葉に押し込め、「官から民へ」「民間にできることは民間に」を公共サービスの隅々にまで行き渡らせようとしています。その主要な手段として位置づけられる「市場化テスト」は、コストだけを唯一の基準とし、公共サービスの公共性の内実については完全に思考停止しているといえます。民主的プロセスによりサービスの公共性を担保するのではなく、サービスの質も含め全てを市場に委ねようとしているのです。
 04年11月15日付「『市場化テスト』に関する民間提案の提出状況<途中経過報告>」では、21の民間事業者等から43の具体的提案が提出されていることが報告されています。その主なものは次の通りです。ハローワークの全事業を有料職業紹介に携わる民間事業者が「公設民営方式」で一括実施したいとする提案(パソナ、東京リーガルマインドなど)。民間の債権回収に関わる民間事業者が、一つの社会保険事務所が行う全事務事業を「公設民営方式」で実施したいとする提案、あるいは国民年金保険料の徴収を行いたいとする提案(山田債権回収管理総合事務所、日本債券回収、東京債権回収、三洋信販債権回収など)。刑務所など既存の行刑施設の一部運営事業を民間事業者が実施したいとする提案(事業者名非公開)。その他、統計調査関連、雇用・能力開発機構(独立行政法人)が行う公共職業訓練事業、中央省庁等のバックオフィス事務、公共施設(国立大学、国立病院)の保全管理事務、国税や公金の徴収などへの提案が行われています。このように、国民の生活や雇用に直結する事務事業が、それぞれの公共性やその担保の仕組みを考慮することなく、次々と民間事業者とのコスト競争の土俵に乗せられようとしています。
 しかし「民間にできるかどうか」が問題なのではありません。官僚制の腐敗や非効率性が叫ばれ、政府や自治体の財政赤字が喧伝される一方、地域では階層格差の拡大が進行しているにもかかわらず、「持たざる者」のニーズが反映されえない市場ベースの公共サービス「改革」が進められています。今求められる公共サービスの公共性とは何か、その実現のためにどのような公共サービス提供のシステムを構築するのか、各サービスごとに公務労働者や国民をまきこんだ幅広い論議が必要です。あるいは、自治体や地域が個別の公共サービスのあり方について制度的にも財政的にも自立性を持って議論できること、中央政府はその条件を整備することが大切なのではないでしょうか。
<月刊『東京』(2004年11月号、東京自治問題研究所)より一部転載>