自治体の公共性と公務労働
 公務労働とは何か、新自由主義的「構造改革」は公務労働をどう変質させようとしているか。今こそ、市民的公共性の再生を担う労働として公務労働をとらえる必要がある。
 「住民と自治」5月号の重森 暁(大阪経済大学学長)さんの論文を掲載します。
 職場運営に参考にしてください。

はじめに・・・あらためて公務労働とは何か
 「官から民へ」「国から地方へ」の小泉構造改革のなかで、地方自治とそれを担う公務労働者の姿が大きく変えられようとしています。
 「国から地方へ」の改革では、いわゆる「三位一体改革」によって国庫補助負担金の削減、地方交付税の抑制、国から地方への税源移譲が一体となって進むとされています。しかし、現実には国庫補助負担金の削減や地方交付税の大幅抑制が先行し、税源移譲は先送りされています。また、地方分権の推進を口実の一つに進められてきた「平成の大合併」の動きの中で、合併した場合でも、合併せず自立の道を選んだ場合でも、それぞれの市町村は自治体職員の削減をはじめとする厳しい自治体「リストラ」を迫られています。
 「官から民へ」の改革では、郵政三事業の民営化等とならんで、自治体行政の民営化・営利化・市場化が進められようとしています。これまでの保育・学校給食・ごみ処理など現業部門の民間委託に加えて、病院や研究教育機関等の独立行政法人化、図書館や文化スポーツ施設等の運営に関わる指定管理者制度の導入、自治体行政のあらゆる業務を「市場化テスト」にかけようという動きなど、自治体行政の全面にわたっての民営化・営利化・市場化への波が押し寄せています。また、まだ今のところ立法化するまでに至ってはいませんが、公務員を「全体の奉仕者」と規定している憲法に基づく民主的公務員制度の枠組みを、根本からつき崩すような公務員制度改革への動きもあります。
 このように、「官から民へ」「国から地方へ」という新自由主義的構造改革の中で、自治体行政の在り方や公務労働の性格が大きく変質させられようとしているのです。ここで、あらためて公務労働とは何か、どうすれば国民の期待に応えられるような公務労働として役割を発揮できるのか、原点に立ちかえって考えてみることが大切です。

住民の生存権・発達権を担う公務労働
 我が国で公務労働について、本格的な論議が巻き起こったのは1970年代のことであり、その契機となったのは、1968年夏の第5回自治体学校における哲学者・芝田進午氏の講義でした。
 そこで芝田氏は、公務労働の本質は、「あらゆる共同体の本性から生じる共同業務の遂行」にあるとしました。水田稲作社会における灌漑や排水、道路網の整備などに示されるように、いかなる社会においても、人々がくらしを維持していくためにどうしても必要な社会的共同業務があり、それを担うのが公務労働であるとしたのです。
 公務労働をめぐる議論の中で、重要な位置を占めたのは、公務労働の二重性についてでした。公務労働者は二重の性格をもっているという点では、多くの論者が一致していましたが、その理解はまちまちでした。公務労働者は役人という側面と労働者という側面の二つの側面があるという説明がありました。また、公務を担う専門労働者としての性格と賃金労働者という労働者一般としての性格があるという理解もありました。
 私は、現代国家における公務労働の二重性は、その労働の内容そのものが一面では資本の営利活動に奉仕し、官僚的支配を担うという「営利的・官治的性格」と、他面では国民の生存権・発達権を担い、くらしを守るための「社会的共同業務」を担うという、二つの性格をもっているところにあると考えています。
 ただし、このような「二重性」が発生するには一定の条件が必要です。一つは、平和主義や国民主権、基本的人権や地方自治を定めた憲法の存在、二つには、それを具体的に実現するための民主主義的法律、三つには、そうした法律を生み出し、それを実践に導くための住民運動や労働運動の存在です。
 このような公務労働の原型を、私たちは、19世紀イギリスの工場法によって生まれた「工場監督官」に求めました。この工場監督官こそ、長い労働運動の成果として、資本による無制限な利潤追求に規制を加えるための法律に基づき、児童や女性、労働者たちの生存権や発達権を守るための「新しいタイプの公務労働」だったのです。
 このような「新しいタイプの公務労働」は、福祉国家の発展とともに、保育・教育・福祉・医療・文化・産業・都市計画・環境など広い分野に広がっていきました。これらの分野における公務労働者は、@民主主義的な憲法や法律によって保障された国民の生存権・発達権などの人権を担う労働であること、A普通の労働者並みの条件で働きながら、労働内容において高い専門性と総合性を兼ね備えているという点で、「新しいタイプの公務労働者」でした。

新自由主義的「構造改革」と公務労働
 もともと、公務労働は商品経済の枠外にある存在であり、利潤を生まない不生産的労働です。利潤を求める資本蓄積に役立つ限りではその有用性を認めますが、その範囲を超えて過剰となった公務労働は、「生産上の空費」とみなされ、削減されるべき対象となります。福祉国家が成熟し公務労働が増大するに従って、資本の側からの「生産上の空費」への削減圧力が強まりました。グローバリゼーションが進み、国境を越えた資本間の競争が激しくなるにつれて、その削減圧力はますます強まることになります。
 他方では、資本蓄積が進み、サービス経済化が進展するにともなって、従来公務労働が担ってきた分野が資本にとっての新たな投資対象となり、資本への開放を求める声も強まることになります。鉄道や港湾など大規模な公共事業は、大きな資本が必要であり、いわゆる懐妊期間も長く、利潤の上がりにくい分野です。また、福祉や教育などの分野は生産性があがりにくく、資本の利潤追求にとって不利と考えられてきました。しかし、一方で、過剰なまでの資本蓄積が進み、他方で、福祉国家によって公共事業や公共サービスが拡大すると、こうした分野が資本にとっての新たな投資市場と見られるようになってきます。行政の民営化・営利化・市場化を求める新自由主義は、このような資本の願望を代弁するものだといってよいでしょう。
 しかし、このような行政の民営化・営利化・市場化は、公共部門の本来的役割を空洞化し、公務労働を根底から変質させることにつながりかねません。
 第一に、行政の民営化・営利化・市場化は、住民の生存権・発達権など国民の基本的権利を保障するという公共部門と公務労働の本来的役割を否定し、市場における自由な私的契約関係におきかえることを意味します。
 そこは、貨幣の力を媒介にして人々が自由に競争する世界です。そこでは必ず、成功するものと失敗するもの、勝者と敗者が生まれます。競争によって格差が生じ、脱落者がでてもやむを得ないという世界です。行政の民営化・営利化・市場化は、人々のくらしを維持するために必要な「社会的共同業務」としての公務労働、国民の権利を担う労働としての公務労働が、市場原理の世界における単純なサービス労働へと後退することを意味するのです。
 第二は、行政の民営化・営利化・市場化は、公務労働の総合性と専門性を解体することにつながります。
 自治体行政の民営化・営利化・市場化は、公務労働における企画管理機能と業務執行機能との分断を前提としています。保育・給食・清掃から、企画・計画へ、さらに施設管理や、はては徴税業務に至るまで、有機的に関連する自治体行政の個々の部門がバラバラに切断され、標準化・規格化された労働に分解されて、市場原理に委ねられていくのです。これは、「社会的共同業務」としての公務労働の専門性や総合性は、公務労働者自身の人権保障と、安定した継続的労働条件の下でこそ発揮されますが、民営化・営利化・市場化は、公務労働と市民との間の民主主義的関係を断ち切ることを意味します。
 現在の憲法と民主的公務員制度の下では、国民と公務労働者との間の関係は、主権者である国民と、「全体の奉仕者」である公務労働者との関係です。主権者である国民の声や要望は、首長や議員の選挙を通して、また、直接的住民参加の制度をとおして、公務労働に反映する道が作られています。また、「全体の奉仕者」である公務員は国民の声を聞き、要望に応える義務があります。しかし、行政が民営化・営利化・市場化されれば、国民は単なるサービスの享受者=顧客となり、主権者として「社会的共同業務」のあり方に声をあげるチャンスを失うことになります。不満をもつがお金のない顧客は、ただ黙って市場から退出するしかありません。公務労働者は、支払能力ある顧客の満足度を高めるためにサービスに努めればよいということになるのです。

市民的公共性の再生と公務労働
 このように、自治体行政の新自由主義的再編は、国民の人権保障という公務労働の役割を形骸化し、その総合性と専門性を解体し、公務労働と国民との間の民主主義的関係を絶ち切るものであり、私たちはこれを容認することはできません。
 しかし、現在の自治体行政がそのまま公共性を完璧に体現しているかといえば、そうは言い切れないことも確かです。私たちは、新自由主義に基づく自治体行政の民営化・営利化・市場化への動きを批判すると同時に、公務労働者と市民との共同をとおして新しい市民的公共性を再生する道を進む必要があります。ここで、新しい市民的公共性とは、市民を単なる公共サービスの受動的享受者としてではなく、自ら公共性を創出する主体として位置づけ、その基礎に市民の生存権や発達権をすえることを意味します。
 そこでは、公務労働者は、福祉国家における公務労働のように、生存権や発達権など国民の基本的権利を担う専門的・総合的労働としての性格を維持するだけでなく、新たな市民的公共性の再生を担う労働として、次のような役割を果たすことが必要です。
 第一に、新しい市民的公共性を形成する主体としての市民との共同と連携をさらに強めることです。
 新自由主義的な公共部門再編の最大の問題の一つは、主権者としての国民と公務労働者との間の民主主義的関係を断ち切るところにありました。そうさせないためには、これまで以上に公務労働者と市民との共同・連帯を強めることが求められます。芝田進午氏は、「自治体労働者の任務の一つは全人民を民主主義の活動に、つまり公務に引き入れ、組織することにある」と述べています。単なるサービスの享受者=顧客としての市民ではなく、公共性の再生を担う主体としての市民とともに歩み、市民との共同を通して自ら成長をとげてゆくことが、公務労働者の最大の任務だとも言えます。そのためには、「役場の窓越しに市民を眺める」のではなく、「地域に生きる市民の目線で役所を振り返る」ことが必要です。
 私は、これまでの自治体学校等での経験を踏まえて、公務労働者と市民との交流・共同には次のような七つのタイプがあるとしてきました。
@日常業務型
公務労働者の日々の仕事を通じての市民との接触と、仕事の内容改善への努力です。自治体業務に対する相談活動、個別分野に関するアンケート調査などが必要となります。
A居住地活動型
公務員の居住地域における町内会・PTA・地域サークル活動等への市民としての参加です。これが組織的に発展すれば、公務労働者による地域担当制や地域別懇談会、住民による地域計画の策定や地域別予算編成における公務労働者の支援ということになります。
B仕事おこし型
地域産業の振興と地域雇用の安定のための公務労働者と地域住民との共同による産業おこし、新製品開発、市場開拓、職業訓練、都市=農村の提携等の活動です。これは、まず農村地域で活発に行われましたが、次第に、都市部の中小企業集積地域でも進みつつあります。
C課題別共闘型
地域開発等による環境破壊などに対して住民運動が展開された場合、情報提供、団体間調整、事務局などの役割を公務労働者が引き受けるケースです。
D住民団体懇談会型
特定課題とは限らず、地域の住民団体が対等・平等の立場で定期的・持続的に交流し、討論することを通して地域づくりへの合意形成をめざす活動です。大阪府吹田市の「住民団体懇談会」活動がその草分けといえます。
E情報ネットワーク型
地域に生起する諸問題や運動等の発掘、その情報の新聞・雑誌等のミニコミ的メディアによる公開と、それらを通じたネットワークの形成です。
F地域調査型
市民生活や地域経済の実態、あるいは市民要求を把握するための調査活動を通した市民との共同です。調査結果の報告やそれをめぐる討論を通じた地域世論の形成と行政改革への提言が行われます。
 これら七つのタイプの公務労働者と市民の交流・共同のうち、最後の三つは日常的地域生活圏における公共性の形成に直接つながっています。とりわけ、Fの地域調査型は、これからの新たな公共性形成のプロセスとして重要な意味をもつと思われます。
 大阪府の岸和田市、吹田市、寝屋川市、門真市など衛生都市の公務労働者たちは、この20数年間、地域調査に基づく「地域白書」「市政白書」づくりに取り組んできました。 その原型は、1984年8月に行われた和歌山県の新宮市職員労働組合による地域調査でした。
 その基本的な手法は、@住民団体に対するヒヤリングやアンケートによる生活実態調査とその中間まとめの報告集会、A経済団体や中小零細企業に対するヒヤリングやアンケートによる産業実態調査とその中間まとめの報告集会、そして、Bこれらを踏まえた行財政調査(関連主要部局の中堅職員に対するヒヤリング調査)を経て、地域の住民生活の状況と問題点、行財政の現状と問題点などを解明し、まちづくりと行財政改革の課題を明らかにしようとするものです。
 各自治体ごとにおよそ四年に一度行われる「白書」づくりの経験は、地域における公共性形成の一過程としての意味をもっています。なぜなら、この取り組みは、公務労働者と研究者の協力によって地域住民の潜在的要求と潜在的可能性を発見し、住民交流・共同・参加への機会を拡大し、調査と対話を通じて地域における共通認識と共通課題を確認し、行政を変革するための課題と方法を提起するものとなっているからです。
 ここで重要なことは、調査する側(公務労働者)と調査される側(市民)との間の壁が最終的には取り払われ、両者が共通の認識と立場に立つということです。地域における公務労働者と市民の共同の一手法として、また、地域における公共性再生への一過程として、このような地域調査と「白書」づくり活動は今後とも重要な意味をもつと思われます。
 第二に、公務労働が市民的公共性の再生を担うものとなるためには、新自由主義的改革のように公務労働の範囲を縮小するのではなく、むしろ公務労働の担う分野を拡大し、公務労働における柔軟性・創造性・総合性を高めることが必要です。
 生存権・発達権など国民の基本的権利の内容は、社会の変化や住民意識の向上とともに豊かとなり、たえず新たな展開を示します。それは、ジェンダー問題、エスニシティ問題、情報プライバシーの問題、環境権、子どもの権利等々多様な分野に広がり、また、地域的・全国的・国際的といった重層的な展開をみせています。基本的人権をめぐるこうした新しい広がりと展開に対して、柔軟に、創造的に、総合的に対応することが、公務労働には求められているのです。公務労働者には、住民生活の現場で生起している問題を発見する能力、それを住民の権利の問題として構築する人権感覚と理論的能力、解決に向けて政策を提起し運動を組織する能力等々、より豊かな力量が求められることになります。
 第三に、新しい市民的公共性を担う公務労働の発展のためには、一方で、地域の個性と文化にねざした公務労働の役割を発揮できるような地方自治の確立が必要であり、他方で、地域を越えた都市と農村の連帯、さらに国際的な連帯を可能とするような全国的な調整システムづくりが求められます。税源移譲と課税権の拡大を進めるとともに、ナショナル・ミニマムを保障する国の役割を明確にした、柔構造型の分権的税財政システムを構築することも、新しい市民的公共性を担う公務労働者にとっても重要な課題です。
 公務労働者が、日々の仕事の中で、地域に根ざして住民とともに歩む姿勢を示し、同時に、こうした分権型福祉社会の構築に向けた大きな課題にもチャレンジすることを、住民の多くは願っているのです。
以上。