千代田区職員等公益通報条例 - 逐条解説 - | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
前文 第1章 総則 第1条(目的) 第2条(定義) 第2章 通報者の保護 第3条(公益通報) 第4条(通報者の責務) 第5条(不利益取扱の禁止) 第6条(区長等の責務) 第3章 行政監察員 第7条(行政監察員の設置) 第8条(行政監察員の資格) 第9条(行政監察員の役割) 第10条(行政監察員への公益通報) 第11条(行政監察員の調査) 第12条(調査の補助) 第13条(調査結果の報告及び公表等) 第14条(行政監察員の説明責任) 第15条(特定の事件についての行政監察の制限) 第16条(不利益取扱に関する通報に係る調査) 第17条(行政監察員委託契約の解除) 第4章 補則 第18条(運用上の注意) 第19条(委任) 附則 前文 千代田区は、透明で適法かつ公正な区政運営に努めてきた。 区政を担い、又はこれを補助する者が、法律を遵守し、事務事業を公正に行うことは、区民の負託を受け、全体の奉仕者として公共の利益のために働く者として当然の責務である。 区政に違法又は不当な事実があった場合に、これを最も的確に把握できる立場にあるのは、区の内部にある者である。しかし、これを明らかにすることが自らの不利益を招くとのおそれから、その事実が放置され、秘密として覆い隠されることがあってはならない。 千代田区は「区政に関する違法・不当な事実は隠さない」という基本姿勢に基づき区政運営の一層の透明性の向上を図る。 そして、公益が害されるときは、これを是正するため、区の内部にある者が、その事実を明らかにすることができ、明らかにしたことを理由として不利益な取扱いを受けないこととする。 このような自浄作用により区政の透明性を高め、区政を常に適法かつ公正なものに保つため、千代田区はこの条例を制定する。 職員等公益通報制度の制度趣旨です。 コンプライアンス(遵守、遵法、適法性)確保のためには、すでに公務員は、法令遵守義務を負っています(地方公務員法32条)。また刑事告発義務を負っています(刑事訴訟法239条)。 また、監査委員制度(地方自治法195条以下)、外部監査制度(252条の27以下)、監査の請求(75条)、住民監査請求(242条)、住民訴訟(242条の2)といった制度や議員、首長及び主要公務員の解職請求(80条、81条、86条)などの手段があります。 さらに、新たに内部職員の自浄作用による手段として公益通報制度を設けます。 内部告発は、民間企業でも、違法不当な事実の是正に役立つ例が相次いでいます。(平成12年三菱自動車工業事件、平成14年雪印食品事件、全農チキンフーズ事件、協和香料化学事件、ダスキン肉まん事件、日本ハム事件、東京電力原発事件など) 内部告発というと「密告」「告げ口」といった「卑怯な行為」で、組織の恥部を外部にさらすものとして許されない、という受け止められ方が多かったのではないでしょうか。 しかし、現に不正があるにもかかわらず、組織防衛又は現任者の保身その他怠慢等のために是正されず、消費者、国民の生命、身体等の法益を害しかねないような事態に対して、有効な是正のきっかけとなったのは、これらの内部告発でした。 内部告発者はその意味で貢献者であるし、多くの場合組織自体にとっても有益であった、として、解雇等の不利益取扱を無効とする判例(東京地裁平成7年11月27日判決、福岡高裁宮崎支部平成14年7月2日判決など)もあります。 組織を正常に機能させるためには、内部告発が必要なときもあることを、端的に認めるべきでしょう。 「職員同士『相互監視』の職場風土が強まり、形式主義がはびこり、円滑で効率的な区政運営ができなくなるのでは」といった心配の声もあります。 確かにそのようなおそれもあります。しかし、いかなる制度も弊害の危険を伴わないものはありません。そのようなおそれと、職員同士又は職員と外部者との「なれあい」「庇いあい」による不正の存続の危険と、どちらを重く見るかでしょう。 この条例は、適法公正な行政執行を重視し、不正を見逃すことを排するものです。相互監視が強まる面もありえますが、外部の行政監察員や一般区民の目線で透明で公正な職務のありかたを心がけていけば、形式主義や専制的な密告制度に陥ることもなく、モラール向上につながると考えます。 なお、千代田区条例で前文を設けるのは、@区政の根本に関わる理念的に重要な内容を定めるものでその趣旨を明示する必要があるもの又はA他の自治体にあまり例を見ない先駆的なもので趣旨を明確にする必要があるものです。 第1章 総則 (目的) 第1条 この条例は、千代田区(以下「区」という。)の行政の執行に携わる者が、公益に反する事態を是正するため正当な通報をしたことにより不利益取扱を受けないようにするとともに、行政監察員を設置して公益のための通報の機会を拡充し、もって透明で適法かつ公正な区政運営を保持することを目的とする。 この条例は、公益に反する事態を是正するための内部告発制度として、2本の柱を設けるものです。 すなわち、@不利益取扱の禁止とA行政監察員の設置です。 「公益」とは公共の福祉であり、究極的には個人の法益(区民等の生命、身体、財産の安全、生活環境等)の公平な保障・実現のために守られるべき社会の共通的利益をいいます。 公益通報は、プライバシーや名誉権又は言論表現の自由といった個人の基本的人権に関わる可能性があるため、制度の運用に当たっては十分注意するため第18条を設けています。 (定義) 第2条 この条例において使用する用語の意義は次に掲げるところによる。 (1) 区職員等 区職員、区の出資する団体で千代田区規則(以下「規則」という。)で定めるものの役員又は職員並びに区から事務事業を受託し又は請け負った事業者(行政監察員としての受託者を除く。)及びその役員又は従業員並びにこれらの者であった者をいう。 (2) 公益 区政の適法かつ公正な執行を通じて実現される社会一般の利益をいう。 (3) 公益通報 区政の適法かつ公正な執行を期するために、区職員等により行われる通報(第3条第2項の規定による公表を含む。)をいう。 (4) 通報者 区職員等で、公益通報を行う者をいう。 この制度の対象となる通報者の範囲は、区職員のほか区政の執行にかかわる一定範囲の者で内部的な立場にいるために内情を知りうる者であるがその立場上通報をためらいがちになるおそれのある者です。 「区職員」は広狭の意味がありますが、区長、区議会議員、附属機関の委員などは、ここにいう「区職員」には該当しません。 「区の出資する団体で区規則で定めるもの」は、(財)千代田区街づくり推進公社、(財)千代田区中小企業センター及び(財)千代田区コミュニティ振興公社を規定します。 「受託事業者」には、社会福祉法人千代田区社会福祉協議会、千代田区シルバー人材センターのほか公の施設の管理受託法人などが含まれます。 「公益」の範囲は、区政に関わる範囲とします。区政に関わるものであれば、消費者保護分野など個別分野には限りません。 「公益通報」は、「もっぱら公益を図るために」なされる必要はありません(公務は常に公正でなければならず、ひろく批判にさらされても耐えうるものでなければならない、というのが刑法230条の2第3項の趣旨であると言われています。4条の解説参照) しかし、公益に関わりのない事実(単なる借金、不倫その他の個人生活情報で公共の利害に関しないものなど)の通報は、職務を是正しようという目的とは無縁であり、公益通報には当たりません。 第2章 通報者の保護 (公益通報) 第3条 区職員等は、区の事務事業、区が出資する団体の出資目的に係る事務事業又は区から事務事業を受託し若しくは請け負った事業者における当該事務事業に関する事実で次の各号のいずれかに該当するものがあると思料するときは、適宜の方法により、直接、区長その他の区の機関又は行政監察員に公益通報をすることができる。 (1) 法令(条例、規則等を含む。)に違反する事実 (2) 人の生命、健康、財産若しくは生活環境を害し、又はこれらに重大な影響を与えるおそれのある事実(前号に該当する事実を除く。) (3) 前各号のほか事務事業に係る不当な事実 2 前項の通報によって当該違法又は不当な事実が是正されなかった場合又は同項の通報によっては是正されないおそれがありかつ早急に是正されなければならない緊急の必要がある場合には、同項に掲げる者以外の者で是正のために相当と認められる者に対して通報し、又は自ら相当な方法で公表することができる。 3 公益通報に際しては、通報者は、原則として実名によらなければならない。 本条例が対象とする正当行為としての公益通報の範囲を明らかにします。 1 本条例と守秘義務違反 守秘義務違反は、お互いに守秘義務を有する内部職員同士の場合と外部への漏洩の場合とでは、一般的には後者のほうが違反の程度が高いと考えられます。したがって、通報先が外部機関の場合には許される要件は厳しくなっています。(そのため2項に区分しました) ただ、「秘密」とは、実質秘(一般に知られていない事実で秘密とするに値するもの)と解釈されており、区政の透明性、適法・公正性を確保したい千代田区としては、区政に関する「違法・不当な事実」はそもそも「秘密」としないことといたします。 したがって、守秘義務違反の構成要件に該当しない以上、外部への開示も原則自由になしうることとなります。 ただし、「秘密に当たらないと思って外部に開示したところ、実は秘密に当たるものだった」ような場合には、客観的状況から錯誤がやむを得ないと認められる場合を除き、守秘義務違反罪が成立することになります。 (「秘密」であるかどうかは、ひとつの「規範的構成要件要素」と考えられ、その錯誤があった場合には「法律の錯誤」として錯誤に相当な理由がないかぎり故意を阻却しない。) また、「区政に関する違法な事実は秘密に該当しない」としても、それを恐喝・営利など私的利益のために用いたり、誹謗中傷に用いるなどといったことは認められません。 したがって、外部通報についての手続等の要件を定めさせていただきます。 2 「その他是正のために相当と認められる者」とは、外部への通報が守秘義務により強くかかわることから通常是正に役立つと認められる誠実かつ公正な報道を旨とする日刊新聞社などの報道機関等に限られます。 恐喝等非合法的な活動を行う組織等は、これに該当しません。 なお、本条2項は、公務員の刑事告発義務(刑事訴訟法239条)を制限するものではありません。 3 「自ら相当な方法で公表」とは、自分のホームページに掲載する等です。正当と認められる範囲の内容でなければなりません。 (公益通報は、単なる恩恵的なものではなく、基本的に言論表現の自由として憲法21条で保障されているものと考えられます。(白石賢「公益通報制度の体系的立法化に向けての一考察」ジュリストNO.1234)ただ、相手方のプライバシー権、名誉権や公務執行上の秘密によって制約されているものであり、違法不当な事実を是正する公益性があるときは、これらの制約が及ばないか緩和される、と考えられるでしょう。) 4 「原則として実名によらなければならない」 「実名だから誠実であり、匿名だから不誠実である」とは一概にいえません。公益通報のほとんどが現実に匿名です。本条例としてこれを相手にしないのであれば、本条例の適用を受ける公益通報はほとんどなくなるでしょう。匿名でも重大で信憑性のある場合や確実な資料が備わっている場合などには、受け付けないとする合理的理由はないでしょう。 また通報者保護の観点からすれば、匿名のほうが保護されやすいといえるでしょう。「実名を示しても保護されるのだから実名を示せ」では、よほど「保護」を確実に徹底しない限り公益通報はされないでしょう。 (「実名を要する」としても、本人であるかどうか、どのように確認するのでしょうか。職員証を提示させるのか、行政監察員が職員名簿を確認するのか、そこまで必要でしょうか。 「濫用のおそれ」は確かにあります。しかし、どの程度濫用されるかの予測は難しい。実名を求めても、「なりすまし」など、疑えばきりがありません。 ひるがえって考えると、職員等が対象である制度ではあるが、公益実現のための制度であることを考えれば、入り口で厳格に要件審査することが果たして必要でしょうか。(個人情報の必要最小限収集の原則からしても、通報者の個人名が制度運用上不可欠な情報といえるか疑問の余地があります。) しかし、プライバシー侵害や風評被害のおそれを懸念する声も強く、責任ある通報を確保するため、また実名で連絡もとれるほうが調査がしやすいことからも、原則として実名によるべきこととしたものです。例外として、確実な資料をもってするときや、人の生命身体等に対する法益侵害が急迫しているときなどは、匿名でもできることとします(規則で定めます)。 (実名によらなかった場合やそもそも本条2項の要件を充たさなかった場合の通報者が保護されるかどうかは、この条例ではなく一般法理の問題です。この条例に適合しない公益通報だったから解雇が有効である、とはいいきれません。(福岡高裁宮崎支部平成14年7月2日判決の事件など)) Q&A 問 「違法不当な事実は秘密としない」と言い切っていいのか。 答 自治体としての裁量範囲内で、千代田区としてそのように考えています。 情報公開条例における非公開事由も自治体ごとの決めた範囲であり、その意味では自治体ごとに「何を秘密とするか」は異なることが、現にあります。 判例には、違法不当な事実でもこれを漏らした場合には守秘義務違反になる、としたものもあるようです(最高裁昭和45年8月20日判決)が、情報公開が進み、行政の透明性、説明責任ということが叫ばれている今日、違法不当な事実が刑罰で守られるべき「実質秘」といえるかは疑問です。 また、当該判例の事件は、行政監察担当者が、許可なく違法不当な事例を出版に及んだ、という事件で、分析的にみれば守秘義務違反というより職務命令・職場規律違反ではないかとも考えられるものです。少なくとも千代田区では、そのような「監察結果事例」じたいは、情報公開請求があったときは、原則として公開することになりますので、「秘密」に該当しません。 (問) 違法不当でない事実まで、もれてしまうのではないか。 (答) 違法不当の判断の誤りについては、誤ったことに過失があった場合に責任を問うことになります。(上記本文解説) 問 過去の事項も制限無く対象とするのか。 答 是正の必要が現存する限り、対象とします。 「是正の必要」には損害賠償(自治法243条の2)や懲戒処分や刑事告発も含みます。 個々具体例によって異なるので一律な期間制限はできません。 住民監査請求や住民訴訟が法的安定性から原則として1年に限られているのは、法的安定性を重視したものとされています。 しかし、住民の目から隠されていた事実については、正当な理由がある場合として例外的に1年より前でも対象とされます。(内部告発の対象事項はそのようなもの) また、損害賠償や懲戒処分や刑事告発は1年に限られているわけではありません。そのような事実があれば、1年以上前のことでも是正しなければなりません。行政監察員は区長の自らチェックする機能を受託するような面もあります。住民からの請求が原則1年に制限されている趣旨は及びません。 例えば、「5年前の収賄行為が通報されたときに、(公訴時効は単純収賄で3年だが受託収賄で5年、加重収賄で7年)門前払いできますか」ということです。 むしろ透明性向上という観点からは、保存されている公文書は過去のものもすべて開示するという情報公開制度と同じスタンスに立って、歴史的過去も要求があれば開示すべきである、ともいえます。 少なくとも、「是正の余地のあるもの」であるかぎり遡るべきであると考えられます。 懲戒には期間制限がないが、刑事事件でだけみると、「公訴時効が過ぎたもの」はもう「是正の余地がない」として、受け付けないことはありえます。その意味で、すべて過去に遡っていつまでもやる、ということはないが、一律に一定の期間で切ることは難しい。個々の判断になります。 (備考) ○刑事訴訟法 第二百五十条 時効は、左の期間を経過することによつて完成する。 一 死刑にあたる罪については十五年 二 無期の懲役又は禁錮にあたる罪については十年 三 長期十年以上の懲役又は禁錮にあたる罪については七年 四 長期十年未満の懲役又は禁錮にあたる罪については五年 五 長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金にあたる罪については三年 六 拘留又は科料にあたる罪については一年 問 「通報することができる」でなく「通報しなければならない」にすべきでは? 答 相互監視の職場風土が強くなり、弊害が出るのでは、との躊躇があります。 問 誹謗中傷に利用されるおそれがあるのでは。 答 「誹謗中傷」目的は、名誉毀損であり、もっぱら公益を図る目的といえないので正当な通報といえない、というのは、一般論としては正しいと思います。刑法でも名誉毀損罪が免責される場合として、一般論としては「もっぱら公益を図る目的でしたものであること」を要件としています(名誉毀損罪の適用除外要件:刑法230条の2)。しかし、区の職務の執行については、特に公正さが求められ、また、民間企業と異なり風評によって顧客(来庁者)が減る被害ということも考えにくい。刑法でも、公務員の職務に関する事実については、「誹謗中傷」目的があっても事実の証明があれば罪に問われないことになっています(刑法230条の2第3項)。(「公務員が国民の自由な批判に耐え不断の反省努力によって全体の奉仕者たるにふさわしからしめる意図に出た規定である」(大阪高裁昭和27年5月17日判決)) したがって、区政に関する事実についての通報の場合、「誹謗中傷に利用されるおそれ」を民間よりも過大視することはできません。 (通報者の責務) 第4条 通報者は、公益通報に当たっては、確実な資料に基づき誠実に行うよう努めなければならない。 1 公益通報は、守秘義務違反や名誉毀損罪の構成要件に該当する可能性のある行為です。したがって、公益通報者は、無責任に何でも通報して保護されるとは限りません。 当然、通報内容が事実であることが求められます。虚偽や単なる憶測に基づく事実の通報行為は、保護されません。ただし、常に確実な資料が必要であるとすると通報できない場合もでてくるでしょうから、努力義務にとどめました。信憑性があれば確実な証拠資料がなくても、公益通報として受け付け、また保護の対象となることはあります。 個人の身体的特徴をあげつらったり差別的に表現したりする(判例にあった事例では「身体的片手落ちが、片手落ちにつながる云々」)などいたずらに侮辱的な場合は、その限りで保護される通報行為とはいえません。 2 公然事実を摘示して他人の名誉を害するような場合は、名誉毀損罪の成立もありうるところ、もっぱら公益を図る目的で行ったときは、事実であることの立証がされれば処罰しないとされています(刑法230条の2)。(証明されなくても証明されうると信じたことに過失がなければ処罰されません。) 特に公務員の職務に関する事実については「もっぱら公益目的」でなくても事実であれば不処罰とされています。(同条第3項) 以上は名誉毀損罪についてであり、守秘義務違反についてはこのような規定はありませんが、公共の利益に反する事実については守秘義務の対象となる「秘密」ではなく、守秘義務違反の構成要件に当たらないと考えるか、又は正当な通報である限り、正当業務行為(刑法35条)として違法性が阻却されると考えることができます。 そのために、どの程度の内容を備えれば本条例で保護される「正当な公益通報」といえるか、ですが、最終的には事実が立証されるものであること、又は立証されうると信じたことに過失がないことが求められます。 3 そのほか、通報の「誠実さ」といったような点も問題になる可能性があります。また、刑事罰以外にも損害賠償等が問題になる可能性もあります。 内閣府国民生活審議会消費者政策部会報告「21世紀型の消費者政策のあり方について」(平成15年5月)によれば、「誠実性」の要件として「恐喝、加害などの不正の目的でないこと」「主として個人的利益を図る目的でないこと」をあげています。 4 いずれにしても、処罰阻却、違法性阻却といった問題については、刑法、地方公務員法や民法(不法行為)労働法(解雇等の正当事由)の解釈にかかってきます。条例は法律の範囲内で法令に違反しない限りで制定するものである(憲法94条、自治法14条)ため、本条例でそれらの法律の適用の可否を定めることはできません。刑事責任や賠償責任等については最終的には、裁判所が判断することになります。 したがって、本条例では、何が正当な通報かについては、直接明文規定できません。 通報者は、社会的に相当な通報に努めなければならないし、判例でもいくつか示されてきているように、「正当な通報をした者は不利益取扱を受けない」ということを定めるに過ぎません。 懲戒するかしないか、不利益取扱と見るか否か、ということの前提にあたって、何が「正当な通報」であるか、については、区として、個別ケースごとに判断していきます。 (参考) 正当でない通報が抵触する可能性のある主な法条(刑事罰)
3 そのほか、証拠となる「資料」を持ち出した場合、窃盗罪になるか、違法性が阻却されるか、なども個別一般法理によって判断されることになります。(資料の無断コピーは手段として不相当であっても、内部告発の目的や内容を総合的に判断するべきで、告発じたいを不相当とまではいえない、とした判例(大阪地裁堺支部平成15年6月18日判決)もあります。) (不利益取扱の禁止) 第5条 通報者は、正当な公益通報をしたことによっていかなる不利益取扱(事実行為を含む。)も受けない。 2 正当な公益通報をしたことを理由として不利益取扱を受けた通報者は、その旨を第7条に規定する行政監察員に通報することができる。この場合において、正当な公益通報をした者がそれ以後に受けた不利益取扱は、特段の事由がない限り、当該公益通報をしたことを理由としてされたものと推定する。 3 行政監察員は、正当な公益通報を理由として不利益取扱がされたと認めたときは、当該取扱をした者に原状回復その他の改善を勧告することができる。 4 当該取扱をした者が前項の勧告に従わないときは、行政監察員は、その事実を公表することができる。 1 第1の柱「不利益取扱の禁止」です。 何が不利益取扱から保護される「正当な通報」であるかは、個々のケースごとに区及び行政監察員として判断していきます。刑法や地方公務員法の適用に関して何が「正当な通報」であるかをこの条例で創設することはしません(4条の解説参照)。その意味では、この条例は「正当な行為は保護される」と言っているに過ぎません。 2 ここに「不利益取扱」とは、懲戒処分、解雇等の法律行為のほか、いやがらせ、中傷等の事実行為を含みます。(各職場においてなされるものに限りません。) 第3条及び前条に規定した正当な公益通報である限り、行政監察員に対するものに限らず、それ以外の者に対するものでも本条による保護の対象となります。 職員であった者には、職場での不利益取扱はないでしょうが、守秘義務(地方公務員法34条や受託事業者の従業員であった者については雇用契約)違反を問うということはありえます。 3 「禁止」の名宛人は、区、通報者の上司、同僚、雇主などです。 4 不利益取扱があった場合の救済方法としては、訴訟等も考えられますが、本条例では、公益通報を理由とする不利益取扱自体も行政監察員に通報することができることとしました。 この場合、行政監察員は、公益通報後になされた不利益取扱については、通報後長年月を過ぎていることなどの特段の事由がない限り、公益通報を理由とした不利益取扱であると推定して調査を行います。 この推定は、通報者の負担軽減と迅速な救済のためです。(行政監察員による救済の場面についてであり、裁判の上での推定ではありません。訴訟に関する事項は自治体の事務でないため、条例で規定することはできないからです。) 5 公益通報を理由とした不利益取扱があったと認めるとき(通報を理由とするものとの推定のもとで、そうでないことの反証がない場合を含みます。)は、行政監察員は、改善勧告し、勧告に従わないときは、その事実を公表することができます。公表の方法は区規則で定めますが、区の広報紙やホームページへの掲載も行政監察員名でできることとします。 6 不利益取扱禁止違反への罰則 行政官庁又は監督官庁への一定の法律違反事実の申告を理由とする不利益取扱禁止に違反した者に刑罰をもって臨んでいる法律もあります(例: 労働基準法104条2項=行政官庁又は労働基準監督官への同法違反の事実の申告を理由とする不利益取扱禁止 →6月以下の懲役30万円以下の罰金 など)。 一般法はありません。 本条例では「違法」に限らず「不当」まで対象にしており、通報先も監督官庁に限っていません。したがって、不利益取扱に刑罰を課すとすると、法令よりも処罰範囲が幅広いことになります。このため、刑罰は見合わせました。 Q&A 問 通報は個人的な動機でされても、公益のための是正であることもある。5条1項の「正当な」はこれを排除する趣旨なのか? 答 公務員の職務に関する事実については、特に公正さが求められることから、個人的な動機でも公益の是正として正当と認められることもあります。そのようなものを排除する意味ではありません。しかし、過度に侮辱的な手段によるなど他の法益を害するような不誠実なものは、「正当」とはいえません。 (区長等の責務) 第6条 区長等(区長、教育委員会その他の任命権者をいう。以下この条において同じ。)は、通報者が前条第1項の不利益取扱を受けたとき又は受けるおそれがあると認めるときは、その改善又は防止のため必要な措置を講じるものとする。ただし、通報者が同条第2項の規定に基づき行政監察員に通報した場合には、その判断を経た後にするものとする。 2 区長等は、通報者が通報に係る事実に関与した者であるときは、懲戒処分を減軽することができる。 3 区長等は、通報に係る事実がないことが判明した場合に関係者の名誉が害されたと認めるときは、事実関係の公表等関係者の名誉を回復するため適切な措置を講じるものとする。 1 通報者(行政監察員に対する通報に限らない。)の保護は本制度の信頼性の根幹をなす重要な点です。そのため、不利益取扱に対しては区長も情況に応じて必要な措置を講じるものとします。 ただし、前条第2項に基づく行政監察員への不利益取扱に関する通報があったときは、行政監察員の独立性を尊重することから、その調査判断をまつものとします。 2 通報者が違法又は不当な事実に関与した者であった場合には、懲戒処分するにしても、恩赦的措置について配慮するものとします。 3 また、反対に制度の濫用から人権を守る責務も規定しました。 不実の公益通報が報道機関等になされ、関係者の名誉が害されたと認められるときには、それが不実であったことを公表するなどの手段により、関係者の名誉回復を図るものとします。 また虚偽であることを知りながら、あえて加害する意図(現実の悪意)をもってなされたものであれば、懲戒することもありえます。また、虚偽告訴罪で告発することも考えられます。 公益通報制度を設ける区の「設置管理」責任として、弊害を防ぐ責務があり、その一環としての名誉回復措置は区の責務といえるでしょう。 (ただし、名誉毀損罪は親告罪であり、損害賠償請求も本人が請求するものです。) Q&A 問 この条例は「通報者の保護」にあつく、「通報される者」の保護に薄い。偏っているのではないか? 答 通報される者の人権保障にも配慮しています。18条は広く公平に関係者の人権保障の趣旨であるし、6条3項では特に通報された者の保護について規定しました。 そもそも「公益通報者」は現行法令上明確に保護されていず、判例等一般法理(解釈)としてしか保護されていません。他方、「通報される者」は、通報者にかかる守秘義務、名誉毀損罪、虚偽告訴罪及び不法行為責任等により保護されています(4条解説参照)。「通報される者にあつく、通報者にうすい」ともいえます。そのような中で条例で通報者を保護しようとするので、いきおい、この条例だけ見れば、通報者保護ばかりで通報される者の保護に具体性がないように見えるかもしれません。決して、どちらかに偏っているわけではありません。 第3章 行政監察員 (行政監察員の設置) 第7条 区は、委託契約(以下「行政監察員委託契約」という。)により、行政監察員を設置する。 2 行政監察員の選任については、規則で定めるところによりあらかじめ議会の同意を得なければならない。 1 制度の第2の柱が、行政監察員の設置です。 行政監察員の位置づけは、契約による受任者です。 地方公共団体の組織運営に関する事項は法律事項であり(憲法92条)、条例で監査委員のような行政委員を新たに設けることはできないと考えられます。 区長の補助機関である専門委員(地方自治法174条)や区長の附属機関(同法202条の3)として、非常勤特別職公務員(地方公務員法第3条3号)として設置することも考えられますが、区と対等な立場で区の外部にあるものという性格付けを強調するには、外部委託契約当事者としての位置づけがより良いのではないか、と考えました。(このような外部委託契約による位置づけの例として、地方自治法上の「外部監査契約」があります。) (非常勤特別職ですと、補助者(12条)の位置づけやその費用弁償をどうするか、などの点でも困難な点があります。) (※ 公務員でないため収賄罪等の適用はないことになります。この点の補強につていは、9条の解説参照) 2 公益のために区をチェックする権限を持つ第3者機関を選任するのですから、区議会の同意議決を経ることとします。(地方自治法96条2項に基づく新たな議決事項) 契約議案ではありません。契約額については、議決を経た予算の範囲内で増減することがあり得ますが、補正予算は別として、その都度契約変更議決を得るような必要はありません。 3 契約は単数とは限りませんが、複数の場合も、合議制というわけではありません。(第9条第2項) Q&A 問 行政監察員の定数は規定しないのか? 答 件数がどれだけ出るかわかりません。事案にもよりますが1件の契約で1年間に調査できるのは5,6件ではないか、という弁護士の意見もあります。必要に応じて契約を増減できるようにしました。(なお、自治法上の外部監査人についても定数の規定はありません。) (行政監察員の資格) 第8条 行政監察員となりうる者は、区の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者であって、次の各号のいずれかに該当するものとする。 (1) 弁護士(弁護士となる資格を有する者を含む。) (2) 前号に定める者のほか、特に区における事務に精通していると認められる者 2 区長は、次の各号のいずれかに該当する者と行政監察員委託契約を締結してはならない。 (1) 成年被後見人又は被保佐人 (2) 禁錮以上の刑に処せられた者であって、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつてから3年を経過しないもの (3) 破産者であって復権を得ない者 (4) 国家公務員法(昭和22年法律第120号)又は地方公務員法(昭和25年法律第261号)の規定により懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から3年を経過しない者 (5) 弁護士法(昭和24年法律第205号)又は公認会計士法(昭和23年法律第103号)の規定による懲戒処分により、弁護士会からの除名又は公認会計士の登録抹消の処分を受けた者でこれらの処分を受けた日から3年を経過しないもの(これらの法律の規定により再び業務を営むことができることとなった者を除く。) (6) 懲戒処分により、弁護士又は公認会計士の業務を停止されている者 (7) 区議会議員 (8) 区職員等 (9) 区職員等であった者 (10) 区長、助役、収入役、教育長又は監査委員と親子、夫婦又は兄弟姉妹の関係にある者 行政監察員の資格及び欠格事由を規定します。 通報者が訪問等しやすくするためには、区内又は隣接区内に住所又は事務所を有することが望ましいですが、条例としては明文規定は設けませんでした。 弁護士を原則としますが、公認会計士その他区政に精通している者(職員、元職員を除きます。)も受託しうることとします。 「区議会議員であった者」は、「区職員であった者」とは異なり行政執行に携わった者ではないので、行政執行の適法適正について利害が相反することは類型として少ないと考えられます。このため、行政監察員の欠格事由には挙げませんでした。 (9号の「区職員等であった者」は定義(2条)としては8号の「区職員等」に含まれているのですが、誤解を生じないようにするため取り出して明示しました。) (行政監察員の役割) 第9条 行政監察員は次の各号の職務に従事する。 (1) 第3条の規定に基づく公益通報の受付、調査、報告及び公表に関すること。 (2) 第5条第2項の規定に基づく通報の受付、調査、勧告及び公表に関すること。 2 複数の行政監察員を選任した場合においても、各行政監察員は、独立して職務を行う。ただし、相互に協力することを妨げない。 3 行政監察員は、前項ただし書、第13条第5項又は第17条第4項の場合を除き、職務に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。行政監察員でなくなった後も、同様とする。 1 行政監察員は、区長の附属機関としてでなく、対等な契約当事者の立場で、このような職務を受任します。 条例上特に定数は定めませんが、複数の行政監察員を委託した場合でも、合議制とはしません。ただし、適宜協力し合うことはできるものとします。 2 行政監察員も守秘義務を負うものとします。職務上、個人情報を扱い、また、入札関係等の情報や法人の事業のノウハウに関わる情報などに接したりすることも考えられるからです。 3 罰則について 弁護士については刑法の秘密漏泄罪(134条)になり、対象情報が個人情報であるときは千代田区個人情報保護条例上の受託者の守秘義務違反(13条2項、39条)にもなります。 行政監察員として不適切な行為があったとき(補助者の監督義務を怠った場合を含みます。)、契約解除による解任は議会の同意議決を経てなされる(17条2項)ため社会的制裁にも十分厳しいものがあります。このことから、罰則は規定しませんでした。 (外部監査人及びその補助者の守秘義務違反の罰則(地方自治法252条の31第4項及び252条の32第6項)の例にならうと、「2年以下の懲役 100万円以下の罰金」ですが、その適用の事例はまだないようです。) 4 汚職行為について 行政監察員は、公務員ではありませんので、仮にもみ消しを頼まれて金品を受け取ったとしても、委託契約違反や場合によって証拠隠滅罪等になるほか、収賄罪にはなりません。 行政監察員を、特別職公務員とすれば、適用はあることになります。しかし、その場合「区長の付属機関又は補助職員」という位置づけになり、独立性の建前からすると疑問が残ります。 そこで、取締役など非公務員でも汚職行為が刑罰をもって禁じられている例にならい、罰則を設けるかを検討しました。 しかし、条例に規定できる罰則には上限(地方自治法14条3項:2年以下の懲役100万円以下の罰金)がありますので、刑法の収賄罪よりも相当軽くしか規定できません。 (外部監査人及びその補助者は、罰則の適用については公務員と見なす(「みなし公務員」)との規定がありますので刑法の収賄罪等が適用されますが、条例で同様なみなし規定をすることは困難です。そのような「みなし公務員」規定を条例でしたとすると、条例に規定できる罰則の上限を逸脱して規定したことになってしまうからです。) 契約解除による解任は議会の同意議決を経てなされ(17条2項)、解除理由も明示することになるため相当な社会的制裁となります。このため、この面の罰則は規定しませんでした。 (行政監察員への公益通報) 第10条 行政監察員は、第3条の規定に基づく公益通報があったときは、誠実にその内容を聴取し、趣旨の確認に努めなければならない。 2 前項の通報内容が、仮に事実であっても違法又は不当なものでないときは、行政監察員は、理由を説明してこれを受理しないことができる。 3 行政監察員は、公益通報を受理したときは、区長に報告することが適当でないと認められる相当な理由があるときを除き、直ちにその概要(通報者の氏名を除く。)及びこれに対する行政監察員の対応方針を直接区長に報告しなければならない。 本条から第15条までは、行政監察員への公益通報の流れを規定します。 まず、行政監察員への通報は、直接適宜に行うこととします。 行政監察員は、法令違反その他不当な事実の存否等について調査します。 単なる人事処遇上の不服といった問題は公益通報としては対象にしません。(ただし、公益通報に対する不利益取扱については5条に基づく通報を受け付けます。) なお、却下や相談の内容及び件数については、逐一区長に報告する必要はありません。本条例施行規則及び契約に基づく定時報告において報告するほか、特に紛争となった事案などについてだけ、区長に報告するものとします。 受付報告(通報のあったこと及びその概要、対応方針の報告)は、区長に関する内容である等の場合には、区長に報告しなくてよいこととします。 Q&A 問 「違法だったら通報したいが、違法かどうかわからない」といった場合の事前相談も受け付けるか。 答 通報の受付の付随業務ということで、行政監察員はこれに応じます。(規則で定めます。) (行政監察員の調査) 第11条 行政監察員は、公益通報があり、調査の必要があると認めたときは、直ちに調査を開始しなければならない。 2 前項の調査に当たっては、区及び区職員等は、これに協力しなければならない。 3 前項の規定により調査に協力した者は、調査結果が公表されるまでの間その事実を漏らしてはならない。 4 行政監察員は、規則で定める標準処理期間内に調査を終えるよう努めなければならない。 行政監察員の調査開始義務、区等の協力義務を規定します。 調査の過程で行政監察員から質問等を受けたりした関係者は、その内容を漏らすことにより調査に支障を来すおそれもあるため、調査結果が公表されるまで秘密にしなければならないこととします。 この義務に反したときは、区の一般職員は地方公務員としての守秘義務がありますが、その他の者には罰則はありません。(9条3項や12条3項と異なり、対象が「調査協力したこと」であり秘密としては限定的で時限的であることから、直ちに刑罰までは規定しません。) 行政監察員は行政庁ではありませんが、遅滞を防ぐため、区規則で定める標準処理期間内に調査するよう努力しなければならないこととしました。(さまざまな事項がある中で調査の標準処理期間がどれだけかは、今後見直していかなければなりませんが、制度発足当初は「2か月」を予定しています。) Q&A 問 行政監察員の調査に対して職員等には「守秘義務」はないのか。あるとすると、調査できるのか。守秘義務があって警察にも出せない情報や文書が、持ち出せるのか。持ち出すのに決裁をするのか。 答 監査委員の求めに応じて税務資料等を提出することは守秘義務違反にならない(違法性阻却)と解されています(昭和33年6月21日行政実例)。(ちなみに監査委員には刑罰付きの守秘義務はないにもかかわらず、です。) 外部委託契約で「区の行政監察事務をやっていただいている」とすると、監査委員が調査するのと同様に、これに応じて情報を出しても、守秘義務違反にならないと考えられます。(しかも、行政監察員は監査委員よりも厳しい罰則付きの守秘義務を負います。) 決裁は、必要やむをえない場合には口頭でも可能です。(事後に書面化しておく必要はあります。) 問 職務中に行政監察員の調査に応じるときは「職務専念義務の免除」があるのか。職務中に調査に応じるときに、上司に係る事案だった場合でも、上司に許可を得るのか。 答 随時、適宜の対応になると考えられます。基本的には、本条例で定められた義務として、広い意味の職務の一部といえるでしょう。 問 調査の過程で、弁明の機会は、保障されるのか。通報された者が通報者に直接質問することを希望したときは、保障されるのか。 答 行政監察員による調査は、行政処分でも裁判でもありませんので、証人尋問権のようなものはありません。しかし、行政監察員は、弁護士であり人権保障の専門家でもあるので、一方的に弁明も聴かない、ということはないものです。質問したい点等は、行政監察員を通じて聞くことになるでしょう。いずれにしても、調査・報告等のあと、名誉毀損などで民事・刑事の訴訟になれば、証人尋問権も保障されることになります。 (調査の補助) 第12条 行政監察員は、公益通報に係る調査等の事務を他の者に補助させることができる。 2 補助者(前項の規定により行政監察員を補助する者をいう。以下同じ。)の資格については、規則で定める。 3 行政監察員は、補助者を用いるときは、あらかじめ区長に届け出るものとする。 4 行政監察員は、調査等が適正かつ円滑に行われるよう補助者を監督しなければならない。 5 補助者は、行政監察員の事務を補助したことに関して知り得た秘密を漏らしてはならない。補助者でなくなった後も、同様とする。 6 補助者は、千代田区個人情報保護条例(平成10年千代田区条例第43号)第39条の適用については、受託業務の従事者とみなす。 行政監察員は、委託契約に基づく職務を行うに当たり履行補助者を用いるときは、その責任において適正に監督しなければならず、補助者は守秘義務を負います。 補助者が守秘義務等職務上の義務に反して区に損害を与えたときは、行政監察員は行政監察員委託契約に基づき契約上の責任を負います。区以外の第3者に損害を与えたときは、使用者として不法行為責任(民法715条)を負うことが考えられます。 補助者は区と直接契約をするものではありません。このため、千代田区個人情報保護条例上の「受託者」の守秘義務を負わないのではないか、との誤解を生じるおそれがあります。そこで、明確にするため、6項を規定しました。(6項の規定がなくても、個人情報保護条例39条の罰則の対象となる「受託者」は相当広く、「受託者の使用人、従業員、代理人等」まで含んでいますので、同条例上の守秘義務を免れることはできないと考えられます。) 意見 問 「補助者」は誰でも良いのか? 答 基本的には行政監察員の責任において選んでいただき、監督責任も負っていただきます。資格については規則で行政監察員に準じた資格にしています。 (調査結果の報告及び公表等) 第13条 行政監察員は、調査の結果、当該通報に係る事務事業に関し、違法又は不当な事実が存在すると認めたときは、その内容をこれを証する資料とともに区長に報告しなければならない。 2 前項の規定にかかわらず、行政監察員は、相当な理由があるときは、その内容を証する資料の添付を保留することができる。 3 第1項の規定にかかわらず、通報者の氏名はこれを報告しない。ただし、行政監察員は、特に必要があると認める場合においてあらかじめ本人の同意を得たとき又は本人から特に依頼があった場合には、氏名を報告することができる。 4 調査結果の報告を受けたときは、区長は、規則で定めるところによりその内容を公表するとともに、必要に応じて告発するほか、再発防止のため必要な措置をとらなければならない。事案が区の他の機関に関するものであるときは、区長は当該機関に通知し、当該機関は区長に準じて必要な措置をとらなければならない。 5 区長又は前項後段の機関が前項の措置をとらないときは、行政監察員は、これを自ら公表し、監督行政庁に通報し、又は告発する等相当の措置をとるものとする。 6 行政監察員は、調査の結果、当該通報に係る事務事業に関し、違法又は不当な事実の存在が認められなかったとき、又は、調査を尽くしても違法又は不当な事実の存否が判明しないときは、その旨を区長に報告しなければならない。 7 行政監察員は、調査の結果を通報者に報告しなければならない。ただし、匿名による通報者及び特に報告を希望しない通報者に対しては、この限りでない。 1 行政監察員は、調査結果(通報者及び相談者の氏名を除く。)を区長に報告します。 通報者の氏名については、不利益取扱の危険性をできる限りなくすため、報告の内容に含めません。例外として氏名を報告する「特に必要がある場合」とは、例えば、通報者が関与した者でもあった場合で、懲戒を減軽する(6条2項)必要があるときなどです。 2 「区長が必要な措置をとらない」(5項)場合とは、区長自身が関与していて是正しようとしない場合や、調査報告の内容に区長として疑義があり、調査した結果、違法不当な事実が存在しなかったというように行政監察員と見解が分かれたような場合が想定されます。 (外部に判断を委ねる以上、そのような見解の相違は、生じる可能性があります。そのような場合は、住民訴訟やリコールといった手続も含めて住民や議会も含めた透明かつ公正な論議のなかで、区全体として解決していかなければならないでしょう。) 3 「相当な措置」(6項)としては、公表、告発のほか、委託事業者への指導、議員が関係している事案での議長への通知などが想定されます。 (行政監察員の説明責任) 第14条 区長は、行政監察員の調査又は前条第5項の措置に関し、必要があると認めるときは、行政監察員又は行政監察員であった者の説明を求めることができる。 2 前項の説明の請求は、調査を妨げる目的でしてはならない。 行政監察員も権限を濫用してはならず、自らの判断について説明責任を負います。 区長が説明を求めることができることとしていますが、正当な調査を妨げる目的でしてはならないものです。 「明らかに不当な調査」をチェックする目的でしても、「正当な調査を妨げる目的」でしたことにはなりません。(正当か不当かは、区長が判断しますが、行政監察員が妨害を受けた等の場合に損害賠償請求訴訟(慰謝料請求など)になったときは、最終的には裁判所の判断になります。) (外部監査契約の場合、議会が説明を要求できることとしています(自治法252場の34)。しかし、必要があれば100条調査によることもできるし、区長提案の条例案で区議会の権限を創設する規定を盛り込むのも難しいものです。このため、行政監察員とチェック・アンド・バランスの関係にある者として区長からの説明要求権を規定しました。) (特定の事件についての行政監察の制限) 第15条 行政監察員は、自己若しくは父母、祖父母、配偶者、子、孫若しくは兄弟姉妹の一身上に関する事件又は自己若しくはこれらの者の従事する業務に直接の利害関係のある事件については、調査することができない。 2 前項に該当する場合には、行政監察員は、その旨を通報者に説明したうえ、他の行政監察員に事案を移送する。 3 前項の規定によって調査することができる他の行政監察員がいないときは、行政監察員は、その旨を通報者に説明し、他の方法についての相談に応じる。 調査の公正さを保つため、行政監察員は自らの利害関係を有する事案については除斥されることとします。 担当できる行政監察員がいない場合には、「他の選びうる手段」として、区長や監査委員等への通報など、事案に応じて次善の方法をとることをアドバイスします。 (不利益取扱に関する通報に係る調査) 第16条 第11条及び第12条の規定は、第5条第2項の規定に基づく通報に係る調査について準用する。 不利益取扱に対しての行政監察員への通報があった場合も、公益通報と同様に調査を行うものとします。 (行政監察員委託契約の解除) 第17条 区長は、行政監察員が、第8条第1項各号のいずれにも該当しなくなったとき又は同条第2項各号のいずれかに該当するに至ったときは、当該行政監察員に対する委託契約を解除しなければならない。 2 区長は、行政監察員が心身の故障のため職務の遂行に堪えないと認めるとき、行政監察員に行政監察員委託契約に係る義務に違反する事実があると認めるときその他当該行政監察員と契約を締結していることが不適当であると認めるときは、行政監察員委託契約を解除することができる。この場合においては、あらかじめ解任について規則で定めるところにより議会の同意を得なければならない。 3 行政監察員は、理由を示して、行政監察員委託契約を解除することができる。 4 調査中の事案で、契約解除又は契約期間満了による契約終了時に調査が完了していないものについては、新たに行政監察員として選任された者に当該調査関係の資料等を適正に引き継がなければならない。 解除事由を規定し、区長からの契約解除による解任について議会の同意案件とします。 (参照 外部監査契約の解除(地方自治法252条の35)) 第4章 補則 (運用上の注意) 第18条 この条例の運用に当たっては、区は、関係者の人権が不当に侵害されないように配慮しなければならない。 「関係者」には、通報者、被通報者その他調査を受けた者等も含みます。 人権保障は当然の規定ですが、プライバシー権、名誉権、言論表現の自由、労働権といった人権に関わりを多く持つ制度ですので、特に総括的に規定しました。 (委任) 第19条 この条例の施行に関し必要な事項は、規則で定める。 附 則 1 この条例は、規則で定める日から施行する。 施行期日を定める規則(平成15年千代田区規則第46号)により、平成15年8月1日から施行することとしました。 2 この条例の施行に関し必要な事項は、施行の日前に行うことができる。 行政監察員の選任に必要な手続は、施行日前に行うことができるものです。 (最初の行政監察員の選任についての同意議決は、平成15年7月8日に行われ、同8月1日付で委託契約が締結されました。) 行政監察員連絡先 内野経一郎 公益通報者保護に実績のあるベテラン弁護士 〒102-0073 千代田区九段北4-1-5 市ヶ谷法曹ビル505号 東京第一法律事務所 03(3230)0450 (公益通報専用) Fax 03(3230)4050 E-mail office@uchino-law.com 内山忠明 行政に明るい弁護士 日大法学部教授 〒101-8375 千代田区三崎町2-3-1 日本大学法学部831研究室 03(5275)8693 Fax 同左 E-mail utiyamatdk@mercury.ne.jp 行政監察員は区から独立した外部機関です。 あなたの名前等が漏れることはありません。 |
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